《MUMEI》

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「…その飲み会ですごく話が弾んで、流れで連絡先を交換した。信じられなかった。まさか自分が、彼の隣で他愛ない話をしながら笑い合っているなんて、まるで夢みたいで…本当に幸せだった」


わたしは、遠い昔を思い出しながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。止めどなく流れ続けていた涙は、乾き始めていた。
隆弘は難しそうな顔をして、わたしのことをじっと見つめていた。

「そのあと、本当に自然な流れで付き合うことになったの。嬉しくて嬉しくて、頭がどうにかなりそうだった」

隆弘の鋭い視線を感じながら、睫毛に残った涙を指で拭い、わたしは笑う。

「本当に嬉しくて、このままずっと、彼の傍にいられるんだって思ったの」


…終わってしまったけれど。


消え入りそうな声でそう呟くと、隆弘はため息をついた。

「その『モト』っていう元カレに、俺がそんなに似てるの?」

苛立った抑揚に聞こえた。わたしはぼんやり視線を巡らせ、隆弘を見つめた。

視線を合わせながら、彼は言う。

「一体、どこが?」

わたしはゆるりと瞬く。涙で滲んだマスカラがべとべとして、瞼を持ち上げるのが大変だった。

「…外見じゃなくて、雰囲気とか、話し方とか」

曖昧に答えてから、わたしは思いつき、「それから…」と付け足す。



「…声」



隆弘の伸び伸びした声は、記憶の中の元治と、そっくりだった。

その声で名前を呼ばれると、身体の芯が痺れて、心が揺れるのだ。


―――元治に対して、かつて、そうであったように。



「声が、とても似ているの…だから、すごく安心して、懐かしくて、心地好くて、だから…だから」

そこまで呟いて言いよどんだわたしの言葉を、


「…だから、今日、俺に会いに来てくれたの?」


隆弘が、ゆっくりとその続きを紡いだ。


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