《MUMEI》

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わたしはぼんやり、隆弘の目を見つめた。彼の顔はお互いが見つめ合うには、思いの外近くにあったが、それでもわたしは身体を引くことはしなかった。

そのままの距離で、わたしは口を開く。


「…多分、そうなんだと思う」



―――隆弘と話していると、胸の中に懐かしい気持ちが溢れた。


警戒心が異常に強いわたしが、突然現れた隆弘に対して、嫌悪感とか不信感を一切抱かなかった。


今日、このように、隆弘に会いに来たのも、

きっと、隆弘に、元治の姿を重ねていたからだ。



わたしの目に、再び涙が込み上げてきた。胸が、鋭いもので思いきり突かれたように、ズキズキ痛む。

溢れ出る涙をそのままに、わたしは続けた。


「本当に悲しかったの。彼と別れて、いきなり独りぼっちになって、寂しくて辛くて、どうにかなってしまいそうだった。昔みたいに笑えなくなった。大切だったものを全部無くして、一体どうやって独りで歩いていけばいいのか、判らなかった…」

そこまで言って、言葉をつまらせた。喉に何かがひっかかったように醜くしゃくりあげながら顔を俯かせて、わたしは「だから…」と必死に続きを言う。

「…だから、全部、無かったことにした。モトのことも、女であることも全て捨てて、ただ淡々と毎日を過ごそうって…他に方法が見つからなかったの」

隆弘は、わたしの話を黙って聞いていたようだった。動くこともせず、じっとわたしを見つめていた。熱い視線を、感じた。


わたしは身体を小刻みに震わせ、
ゆっくりと顔をあげて、隆弘の顔を見つめ返した。


「そんな時、あなたがわたしに声をかけてくれた…」


―――あの、開放的なカフェテラスで、

隆弘と、初めて見つめ合った時、

わたしの凍てついた心の防壁が、



一瞬にして、解き放たれた。



それは、本当だ。



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