《MUMEI》

.

わたしの耳にかかっていた髪の毛が、ハラリとすべり落ちる、



その瞬間、



温かく、大きな手の平が、わたしの濡れた頬に触れた。

ビックリして顔をあげたのと同じタイミングで、


わたしの唇は、隆弘のそれと強引に重ねられた。



―――頭が、真っ白だった。



初めは、軽く触れ合うだけのものだったが、徐々に隆弘はわたしの唇をこじ開けて、ゆっくりと中に舌を絡ませてきた。


ねっとりとした欲望の混じったキス。


それはやがて、わたしの頭の中を痺れさせ、思考を停止させる。


隆弘は深く、深く、わたしの唇を貪った。渇きを潤すように貪欲に、奥深くまで、入ってくる。



そのキスはとても長く感じて、


時間が、止まったような錯覚を、覚えた。



隆弘がゆっくりと、わたしの顔から離れた時には、わたしは再び泣いていた。頭の中が、ぐちゃぐちゃだった。


どうしてキスしたのか。

なぜ受け入れたのか。

悲しいのか。

悔しいのか。


何も判らず、わたしは俯き、ただ泣いた。

「…どうして」

小さく呻いたわたしの泣き顔を間近で眺めながら、隆弘は「ごめんね…」と耳元で囁く。

「キス、しちゃった…」

続けて、今度は泣き濡れたわたしの頬にそっと唇を寄せる。

そして、わたしの身体に腕をまわす。

「泣かないで。俺は傍にいるよ、ずっと。皐月さんを、独りにしない」


優しい声。

記憶の中にある、愛しいひとに似た抑揚。


ギュッと、強く抱き締められながら、わたしは隆弘の腕の中で、「ウソつき…」と、微かに呟いた。


ウソつき。

わたしのことなんか、何とも思ってないくせに。

優しいウソばかりついて。


あぁ、

どこまでモトに似ているの?



「ウソつき」


わたしはもう一度、繰り返した。今度はハッキリした声で。

すると、隆弘は一旦、わたしから少し身体を離すと、

真剣な眼差しでわたしを見据えながら、


「…ウソじゃないよ」


囁くと、また口づけた。


深く濃厚な隆弘のキスを受け入れながら、

わたしの瞳から、また涙がひと雫、頬を伝って落ちていった。



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