《MUMEI》 . お店から出た後、駅まで真っ直ぐ向かい、改札口で隆弘と別れることになった。 「明日はお休みだよね?」 「はい」 「じゃ、同じだ。ごゆっくり」 「隆弘さんも」 適当な挨拶を済ませた別れ際、隆弘は最後に、またわたしに軽くキスをして、「気をつけてね」とニッコリ笑って囁いた。 わたしは彼の顔を見つめたまま瞬くと、返事もせず逃げるように駅構内へ入っていった。 ―――早く独りになりたかった。 固く閉ざされた静かな世界で、この波立つ気持ちを鎮めて、落ち着きたかった。 混み合う終電に揺られていたわたしの携帯が、震え出す。 バッグから取り出して確認すると、隆弘からメールが一通、届いていた。 ****** from:タカヒロ sub :今日は ―――――――――――― 来てくれてありがとう。楽しかった。 皐月さんが俺のこと、元カレと重ねてもいいと思った。嬉しかったよ。 また会いたい。連絡する。 おやすみなさい。 ****** キスのことは、一切触れていなかった。 お互い、大人なのだ。 中学生じゃあるまいし、たかがキスくらいのことで、いちいち騒ぐことなどしないのだろう。 …そうだよね。 その程度にしか、考えてないんだよね。 わたしは携帯をしまい、電車の窓の外を眺めた。 車窓には、涙のせいで化粧が崩れきったわたしの酷い顔が、ぼんやりと幽霊みたいにうつし出されていて、 その向こう側には、東京の街のネオンが幻想的に輝いている。 その美しい光が、 何だか虚しく思えて、 懲りもなく、また、涙が溢れそうになってしまった。 . 前へ |次へ |
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