《MUMEI》 . 仕事を終えて家に帰ると、母から電話がきた。 『おとうさん、もうダメかもしれない…』 電話口でぽつんと、寂しそうに呟いた母。 「どうしたの?」とわたしが先を促すと、母はせきを切ったように話し始めた。 『最近ずっと寝てばかりいるの。起きてる時、声を掛けても生返事ばかりで…抗がん剤が合わないのかしら。先生に相談しても、『これ以上の治療法は、もうない』って言われて。サジ、投げられちゃったのかな…どうしよう、皐月。このままじゃおとうさん、本当に死んでしまうかもしれない』 涙声になりながら言葉を紡ぐ母に、わたしは深いため息をついた。額に手を当てて、気分を落ち着かせようとする。 『どうしよう』と言われても、わたしは医者でも神さまでもないのだし、苦しむ父の為に何かしてあげることなんかない。 わたしはまた、ため息をついて、「仕方ないよ」と答えた。 「きっと、薬が効いてるんだよ。この前、新しいやつに切り替えたばかりじゃない。だからまだ身体が慣れてないんだ。それだけだよ」 気休めの言葉を口にすると、母は急に刺々しい抑揚で、『違うわよ!』と、声を荒げた。 『皐月はおとうさんと会ってないから、そんなことが言えるのよ!睦月だって、『おかしい』って言ってたもの!今のおとうさんの姿を見たら、そんなこと、言えなくなるわ!』 いきなり八つ当たりされて、さすがにわたしも少しムッとした。何か言い返そうかと思ったが、母の心情を察して、喉まで迫った荒々しい感情を必死に飲み込む。 代わりに、 「…お見舞い行けなくて、悪いとは思うけど、最近ちょっと、忙しいの。もう少ししたら落ち着くだろうから…だから、ごめんね」 優しく諭すように母へ言い聞かせた。すると母も落ち着いたのか、『今度、いつ行けるの?』と静かな声で尋ねてきた。 わたしは壁にかかったカレンダーを見ながら、「再来週、時間作るよ」と適当に答える。目処は無かったが、正直に言えばまた、母が怒り出すのは目に見えていたから。 . 前へ |次へ |
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