《MUMEI》

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わたしの返事に母は、『わかった』と答えた。

『この前、北海道の親戚に、連絡したの。おとうさん、もう後がないと思ったから、その前に皆に来て貰えたらと思って』

『北海道の親戚』というのは、父方の親戚のこと。つまり、わたしの祖父や、叔父・叔母のことだ。


父は癌宣告された際、絶対に親戚には言うなと、強く、わたし達に命令した。色々と面倒なことになるからと、固く口止めされていたのだ。

わたしも睦月も母も、父のその命令に従い、家族以外の人間に父の病気のことを口外することはなかった。

母が、それを破ったということは、よほど父の状態が悪いのだろう。



母は、さらに続けた。

『再来週、お祖父ちゃんがこっちに来るって。だからその時、皐月も来てね?絶対よ?』

心細いのだ、と、わたしはふと思った。父の死を間近に感じて、どうしていいのか判らず、娘のわたしに助けを求めているのだ、と。


念を押す母に曖昧に頷きながら、わたしは時計に目を遣った。もうすぐ11時になるところだった。隆弘から電話があるかもしれない…。

そう思い付いたら、

「わかった。出来るだけ行くようにするよ…ご飯、まだなんだ。もう切るね」

勝手に独りでまくし立てて、一方的に、母からの電話を切った。


静まり返った部屋の中で、わたしはベッドの上に寝転んだ。勘弁して欲しかった。


母の不安な気持ちはよく判る。誰かにすがりたい気持ちも。


―――でも、

わたしだって、やっと独りで立っているのだ。


他の人を背負ってあげられる程、今、心に余裕がないのだ。


わたしは枕元にある携帯を見た。
ひっそりと黙り込んでいるそれを眺めて、今、すぐにでも、隆弘の声が聞きたくなった。すぐ、電話して欲しいと思った。



…お願い。

助けて。たすけて。


わたしを、ここから、連れ出して。


戻れないほど、遠い場所へ、連れていって。



しかし、わたしの願いも虚しく、その夜、待ち望んでいた隆弘からの電話はなかった。



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