《MUMEI》

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…どうしよう。何て言えばカドが立たないのだろう。


半ばパニックに陥りながら、悶々と、断る文句を考えていた、



―――そこへ、



「お父様のお見舞い?」


突然、デスクに座っていた同僚の声が飛んできた。

わたしと講師は顔をあげて、少し離れた場所にいる同僚を見た。

彼女は心配そうな顔をして、わたしを見つめている。

「これから、お父様の病院に行こうと思ってたんじゃないの?」

疑問形の言い方だったが、それ以外には考えられないといった、断定的な響きがそこには含まれていた。

今度は講師の顔を見て、彼女は続ける。

「山本さんのお父様、今、大変みたいで…ほら、入院なさっているでしょう?」

それを聞いて講師の顔色が少し曇った。神妙な顔つきでわたしを振り返る。

「そうだったよね。大丈夫なの?」

いきなり話が思わぬ方へ流れたので、わたしは困惑した。

「えぇ、まぁ…」

曖昧に頷くのがやっとで、それがかえって父の容態が深刻なものと思わせてしまったらしい。

同僚が講師に呼び掛けた。

「山本さんは、帰らせてあげてください。録音は、わたしが時間を見てやりますから」

凛とした響きの声で、そう申し出た。わたしはビックリして彼女を振り返る。

「そんな、わたしだけ…帰るなんて、そんなこと…」

そう言ったのだが、彼女は微笑んで、「いいのよ」と朗らかに言う。

「今日は帰って。今は少しでもお父様の傍にいてあげてよ」

それから講師の顔を見上げて、「ね?先生!」と同意を求めるように首を傾けた。講師も深々と頷いて、「もちろんだよ」と答える。

「そういうことなら、ハッキリ言って。遠慮はしないこと。僕達に何か出来ることがあったら、何でも言ってくれよ」

力強く、言われた。


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