《MUMEI》 . 「今日はね、お好み焼き食べたいと思ってさ。一生懸命調べたんだよねー」 軽い調子で話す隆弘に合わせるように、わたしも笑った。 「お好み焼き、嫌い?」 「好きですよ。ていうか、嫌いなモノ、ないんで」 「良かった。わりと有名な店らしいんだよ」 「へぇ!それは楽しみ」 わたし達の間を行き交う言葉が、虚しかった。笑顔は溢れているのに、気持ちだけ置いていかれたまま、ついていかない。 気を赦せば、顔から笑顔が消えてしまいそうで、 楽しそうな演技をしていることを隆弘に見破られないようにと、そんなことに必死になっていた。 待ち合わせの駅から歩いて数分の雑居ビル、地下1階。 有名店だからなのか、そのお好み焼き屋は、たくさんのひとで混み合っている。 隆弘はこの前のように店員に声をかけ、「予約した川嶋です…」と告げていた。 そんな彼の背中を見ながら、マメなひとだな、とぼんやりと思った。 今まで知り合った男の人は皆、デートの時、お店に予約など入れてくれなかった。それどころか、どこへ行くかすらも考えておらず、待ち合わせした場所で、ああでもないこうでもない、と散々迷った挙げ句、結局珍しくもない、お手頃な大衆居酒屋へなだれ込むのがオチだった。あの、元治ですら。 でも、隆弘は、 事前にお店を調べて、場所を確認し、きちんと予約をして、グダグダ悩まないように、全てを完璧にリードしてくれる。 それが、彼なりの心遣いなのかもしれないが、完璧過ぎるそのタイムスケジュールに、どこか、息苦しさを感じるのも事実だった。 . 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |