《MUMEI》

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わたしはまた笑い、それから深く息を吐いた。

「…よく判りましたね」

吐息混じりに呟くと、隆弘は顔をあげて、「一応、接客業ですから」と笑った。

「相手が何考えてるのか、先読みしないと仕事にならないからねー」

そう言って、わたしから目を逸らし、お好み焼きの焼き具合を確認する。

彼の動作をぼんやりと目で追いながら、わたしはゆっくり口を開いた。


「いつか、『地獄に堕ちる』って思ったこと、あります?」


思ったことを口にすると、隆弘はゆっくり顔をあげ、「ん?」と首を傾げた。

わたしは彼の目を見つめ返して、微笑みを作る。

「…自分のこと、『最低だな』って思った経験、ありますか?」

言葉を言い変えて、繰り返し尋ねた。隆弘は眉をひそめる。

「急にどうしたの?」

心配そうな声で尋ね返されて、わたしは笑った。

「ちょっと、自分が嫌になって…たいしたことじゃないんですけど、ごめんなさい。いきなり、変なこと言って」

畳み掛けるように言い切って、ビールを思いきり飲んだ。

鉄板からパチパチ…と油がはぜる音だけが響く。

わたしの周りをふわふわと漂う美味しそうな香りと、立ち上った白い煙越しに、


「何があったの?」


隆弘の透き通るような声が、流れてきた。

わたしはゆっくり視線を巡らせる。それは自然と隆弘のものとぶつかった。

「『嫌になった』って、どうしたの?」

目を合わせながら、彼は繰り返す。

わたしは瞬き、フッと目元に笑みを浮かべる。

「何でもないです」

はっきり言ったのだが、隆弘は納得しなかった。彼は腕を組んでテーブルに両肘をつき、身を乗り出す。

「いいから話して。どんなことでも、ちゃんと聞くから」

真摯な響きに思えた。胸の奥の方が熱くなって、みるみるうちにそれが目頭まで迫ってくる。


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