《MUMEI》 . 溢れ出しそうになった涙を堪えて、わたしは俯いた。 「…わたしの父が、癌で」 わたしの小さな呟きに、隆弘は黙っていた。沈黙の中、わたしは続ける。 「…2年前くらいになるのかな。宣告されて、もう長くないらしいの」 隆弘はやっぱり、何も言わなかった。わたしは顔をあげる。彼は神妙な顔つきのまま、わたしを見つめていた。 その瞳を眺めながら、わたしは笑う。 「時間作って病院に通ったりしてたんだけど、最近何か疲れちゃって。全然、行ってあげられてないんだ。親不孝だよね」 わたしの言葉にようやく隆弘は、「そんなことない」と小さく首を振り、困ったような顔をした。 「仕事柄、他人事には感じられないんだけど…」 ボソッと呟かれた台詞を聞いて、隆弘が保険会社に勤めていることをぼんやり思い出した。 彼はため息をついて、背もたれに体重をかける。 「顧客の中にも、やっぱり癌患者の人がいてさ…結構トラブルになることもあるんだよね」 彼の言葉を聞きながら、わたしは瞬いた。わたしにも思い当たる保険トラブルがあった。 . 前へ |次へ |
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