《MUMEI》

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父が癌告知をされた際、加入していた保険会社にその旨を伝えたところ、すぐに保険金を支給するのを渋られた。向こうの言い分は、決められた手順に沿って手続きを踏まなければ、振り込み出来ないという。

こちらとしてはすぐにでも父の入院費用や治療費を必要としているのに、保険会社から送られてきた膨大な書類に目を通さなければならないのと、先方に提出しなければならない医師の診断書を発行するまでに、思いの外時間がかかり、その手際の悪さに家族皆が憤っていた。

「何の為に、今まで高い保険金を払ってきたと思ってるの!?末期癌なのよ!すぐにお金が必要なのに、どうしてこんなに手間がかかるのよ!」

涙声になりながら、電話口で保険会社の担当員に怒鳴り付けていた、切羽詰まった母の姿を、今でもはっきり覚えている。


わたしは、ふふっと笑って見せた。

「保険金を貰うのに、苦労しました」

冗談めかして言ったわたしに、隆弘はため息をついて頭を振る。

「勧誘する時、『万が一の時に安心できるように』って言っておきながら、実際その状況になると、出し渋るんだから…」

隆弘の台詞に、わたしは首を傾げて続ける。

「顧客の掛け金で、会社を運営してるんですもの。難しい問題ですよね」

フォローすると隆弘は「…綺麗事だよ」と、力なく首を振った。


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