《MUMEI》 . 元治と見つめ合ったまま、思いあぐねていると、わたしの隣にいた亜美が、何かの空気を察したようにハッとして、「わたし、用事あるから先に帰るね!」と、突然一人で早口にまくし立て、そこから慌ただしく立ち去った。 「忙しい子だなぁ」 あからさまな亜美の態度に、元治は笑っていた。 そうして、再びわたしの顔を見ると、彼はポケットから携帯を取り出し、微笑む。 「アド交換、しない?」 朗らかに言った元治のその声には、わたしがその申し出を断るなんて有り得ないとでもいうような、力強い響きが含まれていた。 わたしは困惑した。もちろん、憧れの元治とアドレスを交換出来るなんて、願ってもないチャンスだった。けれど同時に、『何故?』と考えてしまう。今までほとんど面識が無かったのだ。2時間程話しただけで、こんな展開はいくらなんでも、急すぎではないだろうか。 そんな思いから、わたしはつい、「…どうして?」と呟いてしまった。 「どうして、わたしと…?」 すると、元治は、 フッと頬を柔らかく緩ませて、 どこまでも透き通るような、あの愛しい声で、 迷い無く、ハッキリと言うのだ…。 「『ずっと気になってた』って、言ったじゃん」 ―――あの頃わたしはまだ幼くて、 『嘘』というものを、よく理解していなかった。 それが、 どれだけ人の心をズタズタに傷つけ、メチャクチャに踏みにじるものであるのか、 まだ、判らずにいた。 そして、きっとこの瞬間から、 元治は、もう既に、 わたしに『嘘』をついていたのだと思う。 ****** 前へ |次へ |
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