《MUMEI》

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亜美はわたしの反応を見ながらも、話し続けた。

「…彼の身に何か、面倒な事が起こったとき、真っ先に切り捨てられるのは、間違いなく、あなたです。あなたが本当に辛いとき、苦しみ悩んでいるときに、彼はあなたの傍に居てくれません」

それは、紛れもなく、隆弘のことを言っていた。

亜美の淡々とした語り口とともに、わたしの胸の中に鈍い痛みが広がっていく。

わたしが黙り込んだことに、亜美は安堵したのか、「…わかるでしょ?」と、ため息混じりに呟いた。


「こんな軽薄な関係のどこに、あんたが言う『恋』があるの?」


何も言えなかった。わたしは呆然と手元を眺めた。

テーブルに置いてある冷えていた筈のビールジョッキが、すっかりぬるくなってしまったようで、ジョッキの表面全体がびっしりと、細かい露に覆われていた。

亜美は、そんなわたしの姿を見つめながら、



「今ならまだ、戻れるわ…」



唄うように、囁いたのだった。


亜美の、言葉の重さを感じた。

同じ経験をして、辛い想いを乗り越えたからこそ、口にすることが出来る、その言葉を。



身体が小さく震え出す。


寒さの為ではない。急に怖くなった。


前に進みたいと思っているのに、足元にぽっかりと大きな底無しの穴があって、そこから少しも身動きが出来ない。そんな状況に、よく似ていた。

「どうしたらいい…?」

泣き出しそうな声で、わたしは言った。

すると亜美は、穏やかな声で答える。

「連絡を取らなければいい。簡単でしょ?」

取るに足らないとでもいいたげに、彼女は言った。わたしはゆっくり顔をあげる。涙で滲む視界に、亜美の優しい笑顔が見えた。

彼女は、力強く、言う。

「終わりにするの。始まってしまう前に…」

亜美はわたしに、隆弘にお別れのメールをするように言った。それを最後にして、彼のアドレスを消すようにすることも。


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