《MUMEI》 . 「大丈夫。最初は寂しいかもしれないけど、乗り越えられるよ」 亜美の言葉を聞き、わたしは携帯を取り出した。震える指で、メールを打ち始める。 『短い間でしたが、今までありがとう。でももう、会えません。サヨナラ』…。 打ち込んでみたものの、何となく自分の未練のようなものが文面に滲み出てしまっているような気がして、何度も推敲してみたが、なかなかしっくりする文句が思い付かずに、打っては消し、打っては消しを繰り返して、 結局、 『サヨナラ』 という、短い言葉だけが携帯の画面に残った。 ディスプレイにぼんやり浮かび上がる、素っ気ない4文字のカタカナ。 わたしは送信ボタンに指を移動させる。それを押すだけで、いい筈だった。 けれど、それ以上、指が動かない。押さなければ。判っているのに、どうしても力が入らない…。 わたしは顔をあげ、助けを求めるように、亜美を見た。彼女は隣で、ずっとわたしの様子を見守っていた。 今にも泣き出しそうで、困惑したわたしの表情を見つめながら、彼女は何も言うことなく、ただ深々と頷いた。早くボタンを押せ。彼女の目は、わたしにそう語りかけていた。 わたしは一度瞬き、それからゆっくり携帯の画面に視線を戻す。そこには相変わらず、冷たい4つの文字が浮かんでいた。 ―――終わらせなければ。 この、苦しい気持ちから解放されるには、これしか方法がないのだ。 わたしがいつも望んでいた、『平穏』を取り戻す為には。 そう自分に言い聞かせ、きつく目を伏せた。震える指を一生懸命動かして、 送信ボタンを、押した…。 恐る恐る目を開けると、携帯のディスプレイには『メール送信中』という言葉がチカチカと点滅していて、 やがて、 『送信完了しました』 と、無機質な文字が浮かぶだけの画面に切り替わった。 . 前へ |次へ |
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