《MUMEI》

道行く通行人が、その不可思議な様に皆岡本の方を見やる
「岡部先生、もっと早く!」
「はぁ?何だよいきなり」
「恥ずかしいから!早く、早く!!」
人形を背負ったままなのが余程恥ずかしいのか岡部のシャツを強く引く
その様子を窺って見れば顔じゅう真っ赤で
ソレを見、岡部はこれ以上機嫌を損ねるのは得策でないと察したのか
その後は素直に家路へと着いていた
到着するなり岡本はバイクから飛ぶ様に降り寮の中へ
「よう、タマ公。帰ったか?」
入るなり平田に出くわした
居間に何やら様々広げ、何かを作ってる最中だ
「何、してるの?」
その手際の良さに見惚れていると、平田の口元が僅かに緩む
珍しく、何の他意も無いその笑み
暫くおの様を眺め、そして出来上がったのは椅子で
ソレは幼子が座る様な可愛らしいモノだった
ソレを岡部へと押しやりながら
「トラ。この椅子、タマ公の部屋に運んどけ」
「は?」
いきなりなソレについ聞いて返す
平田は、岡本が背負っているクマの人形をちらり見やりながら
「……華の野郎、邪魔なモン持って帰らせやがって。面倒臭ぇんだよ」
小森への文句を愚痴る様に呟きながら
平田は辺りに散らかった木屑などは片す事無く自室へ
後に残ったのはその木屑の山と、そして平田が造った小さな椅子
岡本は暫くそれを眺め見、そして徐にクマの人形を座らせる
「ピッタリ……」
まるでそれ用に誂えたかの様なソレに
岡本は驚きながら、何となしに岡部の方を見やった
互いに顔を見合わせた、次の瞬間
「クマさんにぴったりな椅子だ。さすが大吾!」
岡本達同様、大量の荷を担いだ小森が現れた
椅子にきちんと腰を据えるクマを見、全ての荷を放り出し小森はクマの元へ
「……華。お前、態々その人形座らせるためだけに大吾の奴にそれ造らせた訳か」
「そだよ、可愛いでしょ。この椅子込みでタマちゃんにプレゼントだからね」
全く悪びれた感のない小森
岡本へと可愛らしく片眼を閉じて見せると
床にブチまいた荷を漸く拾い、小森もまた自室へ
「騒々しい奴……」
「元気だよね。小森先生って」
「……単純に馬鹿なだけだろ」
溜息混じりの愚痴に
閉じたばかりの小森の部屋の戸が総会に開いた
「……何か言った?トラ」
聞こえない様呟いた言葉がどうやら聞こえていたらしく不手腐ったような顔を岡部へとして向ける
「……トラの部屋のカーテンにアップリケ付ける」
「は?」
「カーテンだけじゃなくて布団とかスーツとか、兎に角全部にアップリケ付ける!」
「何の宣言だ、それ!」
「僕を馬鹿って言った仕返し!」
べー、とまるで子供の様に岡部へと下を出して向け
小森は自身の部屋へと一旦戻る
そしてすぐ様、今日購入したばかりの布と、裁縫道具を抱え
小森は岡部の部屋へと引き籠った
しかも鍵すら中から掛け、中へ入れなくなってしまう
そしてどうする事も出来ず暫くそのままでいたあと
部屋の中から何かが崩れる様なけたたましい音と小森の叫び声が
「ね、今の音、何?」
この寮に来て早々にも聞いた音
一体何の騒音なのかを問うてみれば
岡部は面倒くさげに髪を掻いて乱しながら
「……大方、積んであった辞書だの資料だのが崩れたんだろ」
「……小森先生、大丈夫かな?」
「ほっとけ、自業自得だ」
また溜息をつき、ぼやきながら
岡部は苦労して持ち帰った荷を解いて
ソファへと身を寛げ読む事を始めていた
「おい、環」
「な、何?」
低く、よく通る声に唐突に名を呼ばれ
どうしてか、胸が高鳴ってしまう
顔を赤くし、動揺してしまっている岡本へ
「……雪の奴から赤ペンか何か借りて来い」
「ペン?わかった」
命令口調なソレに
だがどうしてか嫌な感じはなく
岡本はごく自然に頷くと桜岡の部屋へ
戸を叩くとすぐに桜岡が顔を出す
「ああ、環さん。帰っていたんですね。お帰りなさい」
「た、ただいまです」
相も変わらず穏やかな空気を纏う桜岡に
つい自然にただいまを言ってしまった岡本
暫くその微笑に見入ってしまった後
岡本は岡部からの用件を桜岡へと伝えていた
「赤ペンですか。いいですよ」
どうぞ、と渡された赤いマーカーを受け取り

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