《MUMEI》
たくさんの嘘
.


元治とアドレスを交換してから、じきにドライブすることになった。今度は、二人きりで。


「付き合おうよ」


自宅まで送ってもらった帰り際、車から降りようとした時、元治がそう言った。わたしはビックリした。そうやってはっきりと言葉で言われて、嬉しさよりも戸惑いの方が大きかった。

困惑しているわたしに、元治は首を傾げる。

「俺のこと、嫌い?」

甘い声で尋ねられて、わたしの心は震えた。慌てて首を横に振り、否定する。元治は満足そうに笑った。

「じゃあ、いいじゃん」

軽い調子で言った彼に、わたしは「…でも」と言葉を濁す。その後の言葉が続かない。ぐるぐると思考が混濁する。黙り込むわたしに、元治はまた首を傾げた。

「『でも』、何?」

先を促され、わたしはチラリと元治の顔を伺った。彼は不思議そうな顔をしていた。

わたしはまた目を逸らし、「…先輩は」と小さな声で呟く。

「…先輩は、わたしのことなんて」


『好きじゃないでしょ?』


そう続けようとした。

今まで何の接点もなかったのに、いきなり『付き合おう』と言われても、何だか納得出来なかった。


―――しかし、


元治は、わたしがその台詞を言うよりも早く、


「好きだよ」


はっきりと、迷いなく言ったのだった。


わたしが驚いて顔をあげると、

元治は素早くわたしに顔を近づけて、キスしてきた。


唇が軽く触れ合う程度の、ライトなキス。彼の温もりが一瞬だけわたしの唇に伝わる。


元治はすぐに顔を離して、目を大きく見開いているわたしに、ゆったりと微笑み、

そして、


「…好きだよ」


と、繰り返した。


その台詞を聞いた瞬間、

わたしの両目から、大粒の涙が零れ落ちた。嬉しかった。死んでしまいそうな程、大きな幸福感が胸一杯に溢れた。

わたしが泣いているのを見て、元治は笑い、

「…大事にするから。だから、俺と付き合って」

耳元で優しく囁くと、元治はわたしの顎を掴み、今度は深いキスをしてきた。

彼の熱のこもったキスを受け入れながら、


…もう、死んでもいい。


そんな、バカみたいなことをずっと考えていた。



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