《MUMEI》 . それでも、心のどこか片隅で、元治を信じてはいけないと、激しく忠告する声が聞こえてる。 聞いてはいけない。 心を閉ざせ。 ずっと響き渡るその声に身を固くしていたわたしの手を、元治はゆっくり両手で握りしめた。 向かい合いながら、わたしと目を合わせて、「だからお願い」と、切なそうに瞳を揺らす。 「俺のこと、嫌わないで…」 その、苦しそうな囁きに、 わたしの心は、一瞬で引き戻される。 わたしは瞬き、それから俯いて、「…もう、いいよ」と呟いた。 「戻ってきてくれたんだし…」 小さく囁くと、元治は聞こえなかったのか、「ん?」と首をかしげた。 わたしは顔をあげ、元治と視線を合わせると、 精一杯笑顔を作る。 「わたしはモトを、信じるよ」 ―――嘘だった。 本当は元治の言い訳なんて、全然信じていなかった。彼が嘘をついているのは、判っていた。 それでも、彼の冷たい手をしっかりと握り返したのは、 他でもなく、自分の想いが元治に向いていたからだ。 元治は、わたしの言葉を聞いて、柔らかく微笑んだ。 それはまるで、 わたしが必ず、最後には彼を受け入れるだろうことを、 何もかも初めから、判っていたような、 確固たる自信に、満ち溢れた表情だった。 . 前へ |次へ |
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