《MUMEI》

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―――閑散とした電車のシートに腰掛けて、車窓に広がる真っ黒な闇を見つめながら、わたしは遠い昔を思い出していた。


元治と出会ってから、様々なことがあった。

その殆どは、辛く悲しいものだったけれど。


込み上げてくる苦しみに独り耐えながら、窓の外を睨み付けていると、



突然、携帯が震えた。



亜美からだろうか。あんなふうにお店を出てきたから、気に病んでいるのかもしれない。

わたしはバッグから携帯を取り出し、何の気なしに開く。



******



from:タカヒロ
sub :Re:Re:Re:Re

――――――――――――

今まで飲んでたの?
会って話さないとわからないかな。今日は寝なさい。
おやすみ。



******



わたしは震える指で携帯を閉じ、返事をすることもせず、バッグにしまった。中沢君とのこともあり、すっかり疲れきっていて、もう、どうでも良くなってしまっていた。

深い、深ため息をつく。


会って話して、何がわかるというのだろう。

隆弘は、結婚している。

その事実はどんなに話し合っても変わらない。


変わらないというのに、

何を話し合うのだろう。


わたしは再び顔をあげ、窓を見た。

窓ガラスにぼんやり映るわたしは、睨み付けるような目付きで、わたしを見つめ返していた。



どうして隆弘は、こんなにもわたしの心を掻き乱すのだろう。


思えば、初めからそうだった。


突然わたしの前に現れて、散々わたしを戸惑わせた後、急にふっ…と姿を消してしまう。

風のように気紛れで、

嵐のように激しく、



空気のように、

捉え処のない、人。



―――元治に、そっくりだ。


いつの間にか、涙が溢れ出していた。

突然泣き出したことで、近くに座っていたサラリーマンが怪訝そうにわたしの顔をチラチラ見遣ってくる。それに気づいて、わたしはひっそりと涙を拭った。

窓の外を懸命に睨みながら、わたしは、



…そっくりだ。



心の中で、もう一度、呟いた。



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