《MUMEI》

「……コレ、アンタと私の(オヤクソク)の証。良く、覚えて置きなさい」
「お嬢?」
いきなりの行動に相田は訝しみながら
琴子の様子を伺って見れば、その口元には血液
どうやら相田の小指を噛み切ったらしく
赤黒い筋が指に、そして噛み切った琴子の口元を汚していく
皮膚を伝うソレは、まだ幼い筈の琴子を
酷く艶のある、扇情的なソレへと変えてしまっている
「どうかしたのか?様子おかしいぞ」
「何でもない」
応えながら相田の方を僅かに見やり
そして琴子はまた前を見据える
その様に、これ以上何を問うてみても無駄だと相田は察し
琴子の身体を徐に肩へと抱え上げてやる
「……黒?」
「少し、散歩に行くか。お嬢」
「……散歩?何所に?」
首をかしげて見せながら問うてみるも、相田からの返答はなく
唯僅かに口元に浮かべた笑みだけを琴子へと向けるとそのまま歩き始めた
「黒。これ以上奥へ言ってはダメ」
集落から段々と離れ、生い茂る竹林へと入っていく相田
その脚を引きとめるかの様に
不意に琴子が相田の着物の袷を強く引いた
「どうした?」
様子が明らかにおかしい琴子へ
どうしたのか、顔を覗きこんでやれば酷く青白く
相田の着物の袷を益々掴み、奥へ行くことを拒む
「……何か、居る」
酷く怯えながら先を見据え
琴子はやはり行かない様相田を引きとめていた
「駄目、黒。行っては、駄目」
「この先に、何かあんのか?」
「……何もない。でも、あるの」
「は?」
痛いどういう事なのか
琴子の言葉がいまいち理解出来ず困惑気な表情の相田
だがすぐ後、二人の前へ唐突に、白い斬りの様なものが集まってくる
「……これは、駄目。黒、逃げて!」
琴子が叫んで訴えるよりも先に
相田達の周りを覆い尽くしてしまう濃霧
『……私は、指が、斬りたかった。お約束の証として、あの子の指を……』
そして見えてきた何か
頭の中を直接掻き回されているかの様な不快感に
相田は顔を顰める
何とかそれから逃れようと腰に帯びている刀を瞬時に抜き
そして身を低く構えていた
だが、握ったばかりのソレが、すぐ後落ちた様な高い金属音を立てる
「……あなたは、何を見たのかしら?」
その相田の背後、現れた人影
誰の気配か解るソレに
相田は覚束なくなり、立っていられなくなってしまっている脚を何とか立たせながら
拾った刀の刃先を相手へと差し向けていた
「……まだ、動けるの。嫌な、魂だこと」
喉元寸前に突き付けられた刃に動じる事もせず
相手は相田を見下ろしながら
「あなたをオヤクソクで縛っているのは誰なのかしら?」
相手は嘲ったような笑みを、何故か相田へではなく琴子へと向ける
深々被っていた外套が偶然か落ち、そして相手も全てが顕に
「どうか、した?そんなに驚かなくても、この顔なら毎日飽きるほど見ているでしょう?」
見えたソレは何故か琴子に瓜二つだった
「テメェ、一体何モンだ?」
自然と間が身を低く構え
そして腰に帯びている刀へと手を伸ばす
その様を見、だが相手は笑みを絶やす事をしないまま
「私は、琴音。前に名乗ったでしょう?」
「テメェの名前なんぞ興味ねぇ。知りてぇのは何でウチのお嬢と同じ面構えしてるかって事だ」
「あら、そんなこと」
さも意外そうな顔を向けられ
そして相手は態々琴子の方へ見て直ると
「……簡単な事よ。だって私は、琴子から、(生まれた)んだもの。あの人との(オヤクソク)に従って」
「あの人、だと?」
ソレは一体誰の事なのか
相田が訝しげな顔をして向ければ
琴音の周り
唐突に白い靄の様なソレが現れ始めていた
「……もう少し、待って。……大丈夫。私は、あなたとのオヤクソクを破ったりなんてしないわ」
ふわり、琴音の声に応えるかの様に白いソレは揺らめき
その様を眺め、穏やかな笑みを浮かべる琴音が徐に踵を返しながら
「指はね。結ぶためではなく、斬る為にあるの。……よく、覚えておきなさい」
それだけを言い終えると姿を消した
「あのガキ、一体誰と話してやがった?俺には一人言言ってる様にしか見えんかったが」
「そうね。私もだわ」
琴音が消えてしまった其処を暫く眺め見
だがそうしていた処でどうなる訳でもなく
琴子は踵を返す
「黒、帰るわよ」
「了解」

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