《MUMEI》

その所為か更に平田へと当たり散らす
涙目で睨みつけてくる岡本へ
平田はやれやれと肩を落すと、降参だと言わんばかりに両の手を上げて見せた
「……取り敢えず謝ってやるから、機嫌直しやがれ」
「……嫌」
宥めてはみるものの、岡本は泣く事と同時に拗ねることを止める様子はなく
ソレには流石の平田も困った風な様子で
周りに助けを求め視線を巡らせる
だが皆が皆、その視線をあからさまに逸らしていた
「さぁて。俺、明日の授業の支度してくるわ」
「あ、だったら僕も。ほら、雪も。あるでしょ、準備」
「私も、ですか?」
「そ。ほら、さっさと行くよ」
戸惑う桜岡を小森は半ば強制的に引き摺り、岡部共々その場を後に
結局その場に残ったのは岡本と平田の二人
未だ涙で花をすする岡本に、平田は深々溜息をつきながら
だがどうすればいいのか解らず、溜息を更に吐いていた
「……飯、何か食いたいモンあるか?」
「え?」
「テメェへのご機嫌取りだ。何でも好きなモン作ってやるから言ってみやがれ」
意外過ぎる申し出に、岡本は瞬間呆気にとられる
一体何の冗談かと平田の方を見やれば
だが彼はすぐに台所へ
本当に作ってくれる気があるらしく、岡本はカゴの中の苺を見やりながら
「パンとジャム」
「は?」
「焼きたてのパンと苺ジャム、食べたい」
駄目かと上目遣いで強請られてしまえば
流石の平田も否とは言えなくなってしまう
「わかった。パンとジャムな。その代わり、パン結構時間かかるからな」
「待ってる」
子供の様に頷くと、岡本は行儀よく椅子へと腰を降ろす
ソレから暫く後、部屋中に何かを叩きつける様な音が響き始めた
「な、何の音?」
驚き、そちらへと向いて直れば
平田が白い何かの塊をステンレスのボールに叩きつけながら捏ねている
「だ、大吾?」
一体何をしているのか驚く岡元へ
平田は作業する手を一旦止め、その白い塊を岡本へと放って寄越した
「な、何これ?」
受け取ったソレは柔らかく、そして温かい
ソレが一体何なのか
平田へと首を傾げてみれば
「何だテメェ、パン生地見たことねぇのかよ」
「パン生地……。ちょっと触ってもいい?」
「あ?別に構わねぇけど」
ほら、と千切った生地を岡本の手の平へ
ふかふかとした生地の手触りに、
岡元の表情が楽しげなそれ
「気持ちいいかも――」
その感触を楽しみながら、平田がやるソレを見よう見まねでパンを形成してみる
出来たソレは随分と不格好で
横眼でそれを見ていた平田は声を殺す事もせず、笑う声を上げていた
「テメェ、それ不器用過ぎるだろ」
「な、何よ。パンなんて作るの初めてなんだもん。仕方がないでしょ」
「へえ。始めて、ね」
遅れて返ってきた答えに
平田は意外そうな顔をして見せるが、だがすぐに口元を緩ませた
それ以上は何を言う事もせず、平田は形成した生地をオーブンへ
待つこと数十分後
部屋中にパンの焼ける香ばしいソレが漂い始めた
「ね、まだ?」
まるで子供の様にオーブンを覗き込んだまま、平田へととう岡本
その様に益々平田はその口元を笑みに緩ませる
「……テメェって本当ガキだな」
「む!何?いきなり」
「たかがパンが焼ける様をそんな楽しそうに見る奴初めて見たんでな。つい」
「どうせ、子供っぽいもん。別にいいもん。どうせ私なんかあんた達から見たら子供な訳だし」
「何いきなり愚痴ってんだよ?」
「別に」
そっぽを向いてやった、その直後
岡本の腹の虫が爽快に鳴り響いていた
本人でさえ予測できていなかったソレに驚き眼を見開く
「ち、ちが……。今のは、お腹が空いたとかじゃなくて、その……」
恥ずかしさに、取り繕おうとするその声も微かに震えて
顔すら真っ赤にする岡本に、平田は瞬間呆気にとられるが
すぐ様声を上げ笑う事を始めていた
「そ、そんなに笑わないでよ!」
「悪ィ……。いや、楽しませてくれるなと思っただけだ」
「何よ、それ……」
未だ笑うばかりの平田へと頬を膨らまして見れば
岡元の頭へ、宥めるかの様に平田の手が置かれる

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