《MUMEI》

「不手腐ってねぇで他の奴呼んでこいよ。そろそろメシだぞってな」
パンの焼ける香りが益々し
岡本は不機嫌そうなその顔を、現金な事にすぐ笑みへと変えていた
小走りに走り出し、他三人の部屋の戸を開け放って行く
岡部、小森をその勢いで起こし、そして岡本は桜岡の部屋へ
入る合図に戸を叩き中へと入れば
其処には桜岡の寝乱れた姿
普段の彼からは想像できなかったその乱れ様に
岡本は叫ぶ声を上げてしまう
「……なんの騒動だ?タマ公」
その叫び声に、作りかけのジャムが入った鍋を持った平田が姿を見せる
状況を説明しようと口を開くが、動揺のあまり要領を得ず
意味不明でしかなくなってしまっているその説明に平田が溜息をつく
「……たかが野郎の裸体見たくらいでガタガタ喚いてんじゃねぇよ」
「で、でも……!」
目の前の状況はそんな生易しいものではなく
未だ眠ったままの桜岡の色香は相当なもので
やはり動揺してしまう
どうしようも出来ないでいる岡本を尻眼に
平田は室内へと踏み込むと
やはり眠ったままの桜岡の傍らへ
「悪ィがタマ公。こいつは寝起きがすこぶる悪い。中途半端なやり方で起こせると思うなよ」
「そう、なの?」
ならばどうすればいいのか
ソレを聞くより先に平田が取り出したのは
何故かフライパンとお玉
一体その二つでないをする気かと首を傾げれば
答えを示してやるかの様に
平田は口元に笑みを浮かべる
そして直後
そお二つがぶつかりあう音が、桜岡のすぐ耳元で響いた
其処までして漸く、桜岡の眼が覚めた
起き上がった桜岡は暫くそのままで
そして徐にその手を引きよせ、抱きこまれてしまっていた
「ゆ、雪路さん!?」
「……私の睡眠を邪魔するなんて。いけない、ヒトですね」
「わ、私がですか?」
実際に起こしたのは平田なのだが
起こされた当人にしてみればそんな事はどうでもいいらしく
岡本の顎へと指を添え、桜岡は顔を近く寄せてきた
「あ、あの……雪路さん」
「何ですか?」
「……そろそろ、御飯です」
用件をどうにか伝え、何とか桜岡の腕から逃れると
髭るように岡本は部屋を後に
その後を吐いて歩く平田から、微かに笑う声が聞こえてくる
「中々だったろ。雪の寝起きは」
「……心臓に悪すぎ」
「そりゃ悪かったな」
「そんなに面白い?私揶揄って」
「ああ。面白ぇな」
平田の口元が相変わらずな笑みに緩み
岡元を壁際へと追いやると顔の間横へと手を着いて
そして口へと何かを押し込んできた
「!?」
行き成り何かと瞬間慌てた岡本だったが
すぐにソレが何かを理解する
「味はどうだ?」
ソレは、焼きたてのパンで
アツアツのソレに、猫舌な岡本は多少舌を焼かれたが味は美味
腹立っていた胸の内も、単純な事にそのパン一つで落ち着いてしまっていた
「私、おかず作ってくる。テーブルの支度お願い」
平田が持ったままのフライパンを受け取ると岡本は小走りに台所へ
走っていくその後ろ姿を眺めながら
「……本っ当、からかい甲斐のある奴」
平田がひそかに笑う声を上げたのを、岡本はその時気付かずに居たのだった……

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