《MUMEI》 1「……電気も点けずに何やってんだ?奏」 陽も当に暮れ深夜 酷く月明かりばかりが明るい夜だった 外出先から帰宅してきた深沢 望は 部屋の明かりが全く付いていない事を訝しげに思いながら戸を開いてみた 其処に居るだろう相手を探してやれば その中の暗がりの中、一人窓の外を眺め、月を見上げている人影を見つけ 深沢は微かに溜息をつく 「……お帰り。望」 振り返りながら深沢へと笑みを向けてくる相手・滝川 奏は腰を据えていたベッドから態々降り、深沢の傍らへ 「何、してた?」 月を眺めていた事は充分に解っていた だが態々それを問うてみたのは どうしてか、滝川を遠くに感じてしまったからだ 今、引き留め、引き寄せておかなければ居なくなってしまうのでは、と 深沢がその身体を引きよせ、抱き締める 「な、望」 「どうした?」 「満月ってさ、空に開いた穴みたいだよな」 「は?」 「あれ潜ったら何所行けるんだろうって、今日ずっと考えてた」 空に浮かぶ月へと手を伸ばしながら 滝川は一人言を深沢へと聞かせる様に呟く 突然のそれに深沢は溜息をつくと、何かをつかもうと伸ばされた滝川の手をつかむ 「豪く小難しい事考えたもんだな」 微かに笑みをこぼしてやれば 滝川も釣られ苦笑を浮かべて見せ、深沢へと身を寛げてた 全身の力を抜き、凭れた その直後 深沢にまで聞こえる程大きく、滝川の心臓が脈を打った 「奏?どうした?」 小刻みに震え始めてしまった滝川 様子を窺う様に顔を覗き込んでやれば 「陽炎?とうしたんだよ、落着けって……」 自らの身体を抱きしめながら、滝川が独り言に呟く 一体、どうしたのか 深沢が訝しげな表情を浮かべた、次の瞬間 陽炎がその姿を現した ―月ガ、欠ケテ逝ク― 頭の中に直接響く様な声が聞こえ そしてすぐに、陽炎の姿は消えていた 「奏。おい、奏!」 呆然とし始めてしまた滝川の身体を揺らして見れば 滝川は深沢へと向いて直る 向けられた視線に、だ常日頃の色はなく 濁ったソレは、目の前に居る深沢すら映す事をしてはいなかった 「幻、影……」 求めるかの様に伸ばされた手 だがそれは滝川が深沢を求めるものであると同時に 内に居る陽炎が、番である幻影を求めるソレでもあった これまで深沢にしか見られなかった人格支配 ソレが今、滝川にも起こってしまっているのだ、と その瞬間に深沢は理解した 求められる手を、そのまま引きよせ、抱いてやる 求めらるがまま、滝川の身体を引きよせ抱いてやれば その身体はいっそ可哀想な程に震えていて 深沢は幼子を宥めてやる様にゆるり背を叩いてやる 暫く、そのままで 僅かばかりその震えが収まったのを確認すると 「……奏。動けるか?」 顔を覗き込み、尋ねてみる 深沢の時とは異なり、陽炎による人格支配は完全でないのか 滝川はか細く震える声で何所へ行くのか、と不安げなソレだ 「……中川の処に行ってみるだけだ。そんな面すんな」 低く、聞き心地の良い低音で宥めてやりながら 深沢は滝川を肩の上へと担ぎあげた そして車へと向かい、助手席へと滝川を押し込むと、車を走らせ始めた 人通りもまばらになってしまっている表通りを走りながら 深沢は傍らの滝川の様子を窺い見る 乱れて行く呼吸 そして離れていても聞こえてしまう程酷く鳴る心音 明らかに普通の状態でない、と深沢は道中更に急ぐ 「中川、邪魔するぞ」 到着したのは、中川宅 来訪を告げることもせず戸を開け放てば 突然すぎる深沢のソレに 中川は呆然とその場に立ち尽くしていた 「……何なの?突然」 怪訝な表情を向けられ 深沢は溜息をつき、そして一呼吸置いてから ことの次第を説明し始める 「……そう。奏君まで蝶に憑かれる様になっちゃったの」 「らしいな。しかも随分と中途半端な憑き様でな。さっきからこのザマだ」 未だ震えるばかりの滝川を指差してやれば 中川がその様子見に顔を覗かせてくる 「奏君。大丈夫?」吐息も苦しげに胸元を掻き抱く滝川 首を何とか横へと振って向ければ 中川は困った風に溜息を吐く 「……取り敢えず調べて見るから。陽炎、借りてもいい?」 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |