《MUMEI》
電話
 翌日、朝礼で再び教頭から釘を刺されてから、いつも通りに教室へ向かう。
相変わらず騒がしい。

「席についてー」

そう言いながら、羽田は黒板の前に立った。
そして、ざっと教室を見回す。

連続して二つの空席を見つけた。

昨日の男子と、凜の席。

 二人とも欠席の連絡は受けていない。
あとで、電話をかけなければならない。
そう思いながら、出席と連絡事項を伝えて、羽田はホームルームを終えた。
クラスの誰も二人の欠席を気にとめていないようだった。


 職員室に戻った羽田は、さっそく名簿を取り出して、まず男子生徒に電話をした。

コール音がしばらく続く。

「はい」

女の声。
おそらく母親だろう。

「あ、あの、私、羽田と申しますが――」

子供が登校していないと伝えると、母親は「今日は体調が悪いので休ませます」と一方的に電話を切ってしまった。

非常に感じが悪い。

 羽田は腹立たしい気持ちを抑えながら、今度は凜の家にかけてみる。

再びコール音が続く。

十回、二十回……

しつこく鳴らしていると、ようやく誰かが受話器を取った。

「……はい」

微かにしか聞こえてこないその声は、凜の声に間違いない。

「あ、津山さん?担任の羽田ですけど」

しばらく沈黙が続いた。

「……あの?」

「……今日は休みます」

静かな凜の声が聞こえてきた。

「どこか具合が悪いの?」

「ちょっと」

「そう。よかったらお母さんと代わってもらえる?」

しかし、凜は再び黙ってしまった。

「津山さん?」

羽田は呼びかけてみる。
すると、電話の向こうで小さなため息が聞こえた。

「先生、ちゃんと私の資料持ってます?」

「え?」

「わたしに母はいません」

「…え?」

「とにかく、今日は休みます」

ガチャッと電話は切れた。

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