《MUMEI》

先を歩いて行く琴子の腕を態々掴んでやると
相田は琴子を肩の上へ
そして土を蹴りつけると、ヒトとは思えぬほどに高く宙を舞った
「夕日……」
見れば酷く鮮やかな夕の朱
琴子は触れようとその彩りへと手を伸ばす
だが触れられる筈もなく、手は空気を掴むばかりだった
自身の手を眺め見ながら僅かばかり寂しげな琴子
その様を見、相田は突然に下へと降りる事をはじめた
何事かと琴子が相田の方を見やれば
相田は前を見てみる様顎をしゃくる
「……これは、紅花?」
「本物じゃねえけど、これはこれで綺麗だろ」
どうだ、とまるで子供の様な笑い顔の相田
琴子は暫くその様を眺め
そして徐に花を一輪摘んでいた
「黒、屈んで」
「お嬢?」
「ほら、早く」
屈め、と更にせがまれその通りにしてやると
琴子の目線より若干下になった相田の髪へ
ふわり、花が添えられた
「……その花は、持ってなさい。絶対に、無くさないで」
「何かの、まじないか?それとも、願掛け?」
添えられたソレを指先で触れてやりながら問うてみれば
琴子はそのまま踵を返し歩き始める
だが途中、首だけを振り向かせると
「……アンタは、私から離れない。それはそのオヤクソクの証、だから」
まるで自分へといいきかせるように呟いていた
琴子の命令の裏には、常に懇願が隠れている
(離れるな)と(傍に居て)
命令と懇願でも真意は同意それを相田も理解しているので、琴子にはどうにも逆らえずに居る
そんな自身に相田は肩を揺らし
そして徐に紅花の花弁を千切りとると
指の腹ですり潰し初めていた
段々と滲みでてくる鮮やかな橙
すっかりソレに染まってしまった指先を
相田は琴子の唇へと徐に触れさせた
「何?」
「いや。紅花って言う割には、さして赤くねぇんだと思ってな」
「当たり前でしょ。紅は、赤じゃないんだから」
よく見てみなさい、と琴子が花弁を山盛りに手の平を相田へと見せてくる
「……赤じゃない紅、か。確かにな」
琴子の言い分に相田は肩を揺らし
紅花の群集の中からソレを一輪手折ると徐にそれを琴子の髪へと結えつけていた
「飾ってみると、見栄えがするもんだ」
「そう?」
褒めてやれば、珍しく琴子の表情が明らかに変わった
照れた様にはにかんでくる琴子
互いが互いへ笑みを向けていた
その直後
「……随分と雰囲気のいい処で邪魔してくれるな」
背後に気配を感じ
振り返る事はせず相田はそのまま刀を構える
一歩、また一歩と近くって来るその気配へ
相田はすぐには行動を起こさず
寸前まで近く寄って初めて、刃を振って向けていた
相手は、不明
だが、何かを斬ったその鈍い感触は手に残った
ソレが何だったのかを向き直り、見てみれば
其処にあったのは一匹の狐らしき動物の亡骸
相田の刃がその身体を貫いたのか、大量の血液を流し血に伏せていた
「……お嬢、こいつは――」
「……お稲荷様、ね。きっと」
「稲荷?」
「琴音が連れていたでしょう?その片割れよ、きっと」
「問答無用で斬って捨てたが、拙かったか?」
「大丈夫よ。お稲荷様は二心一体。片割れが何かに毒されれば、もう片方も同じ」
「だから、斬って捨てても構わねぇ、と」
亡骸に突き刺さったままの刀を引き抜いてやり
その亡骸を足で蹴り、茂みへと押しやりながら問うてみれば
琴子はゆるり首を横へと振っていた
「構わない。どうせ毒されているものだから」
斬って捨ててkれた方がありがたい、と
地に伏すその死骸を琴子は無表情に眺めるばかりだった
「……随分と、酷い事をするのね。あなた達」
暫くそのまま立ち尽くしていた琴子の背後
気配少なく近づいてきた人の影
その様子を横眼で伺って見れば
その瞬間、自身へと差し向けられた刃を琴子は何をするでもなく唯眺め見るばかりだ
「……避けるか叫んで助けを呼ぶかくらい、したらどうだ?お嬢」
「……そんな事しなくても、アンタ来るから。絶対に」
金属同士が重なりあった高音と同時に
相田が琴子の前
庇う様にその立ち位置を変えていた
「有難う位たまには言っててみろ。……ったく」
可愛げがなさすぎる、と愚痴る事をしながら
相田は相手の刃を弾いて退ける
そこで漸く相手の顔をはっきりと窺う事が出来た

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