《MUMEI》

「ぼくは、この入れ墨が気に入ってるんだ。ここに付いているモノが汚く感じていたんだけど、入れ墨のお陰で目につかないから。」

自分の身体が女性でないことが恥ずかしかった。
母さんは女の子が欲しかったから。


「……洗ってやろうか?」

気まぐれかな、嬉しいのかな。
あまりに、ぼくはぼくを知らな過ぎる。

バスタブに張っていたお湯は深めだ、何度も水面は孤を描く。

皮膚から水泡が這い出す。
言葉も出ない。

バスタブに溢れ出す水は二人分で、項を撫でる指先は少しざらざらしていた。

溺れてもいいかなとも錯覚してしまったけれど、苦しいのはやっぱり辛いみたいだ。


「刺した分だ。」

そう言いながら、鳥さんは抱き起こしてくれた。


「高校生のとき、女の子が唇を合わせてきた。吐息が当たった。でも、よくわかんなかった……キスって、どんなかんじなのかな?」

間近で見る鳥さんの髪は、少しだけ白髪が混じっていた。
瞼は少し下がって、以前より彫りが深く見える。


「誘うの下手だな。」

ぼくの視界を手で遮り、唇に熱が当たる。


「……ぼくが何かを喋ると知らない人が唇を煙草で押し付けて火傷で塞いでやるって言うんだ。」

ぼくは、鳥さんの前だとついまともでいられなくなる。
病院の先生にもよく言われていた。
何かの拍子で子供の頃に負った深い記憶が、反芻するのだそうだ。


「知らない人って?」

鳥さんが、あまりに自然に聞いてきたからつい答えてしまう。


「誰だろう、いっぱいいたから。」

殴ったり、閉じ込めたり、脅したり、縛り付けたり、罵ることもあった。
誰にも喋るなと言われたのに鳥さんのせいで口が滑る。


「その、誰より俺は傷付けるだろうな。」

そんなはず無い、鳥さんは俺を助けてくれてたのに否定する隙も与えてくれなかった。

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