《MUMEI》

無言のまま父親の横を通り過ぎると、そのまま歩きはじめていた
「待ちなさい、和志」
自身を呼びとめるその声すら煩わしく畑中は舌を打つ
一応は脚を止めてやり、そして振り返ってやりながら
「何か、私に御用?パパ」
態と、女言葉で返してやった
「……和志。お前はまだそんな言葉を――」
「お説教なら聞く気ないわよ。で?用件は何かしら?」
問うてみながらも大体の予想は付いていた
恐らく、小林との件
解っていながらも敢えて聞き返せば
「……あの子は、まだお前の処に居るんだろう?」
やはり、小林の事を尋ねられ
畑中は溜息をつき、そして怪訝な顔をして向ける
だがそんな畑中に構う事はせず
「和志。あの子を、引き取らせてほしい」
本題を切り出してきた
何をそこまで必死になっているのか
頭すら下げてくる父親へ
畑中は深々溜息をつきながら
「……それって、態々私に伺いを立てないといけない事?」
「あの子はお前を慕っているだろう?だから……」
一体、何処をどう見ればそう見えるのか
思いもよらないソレに畑中はあっけにとられてしまう
「……一つ、聞いてもいいかしら?パパ」
「何だ?」
畑中は努めて冷静を装いながら
父親へ向け、とあるものを取って出した
それは以前、押しつけられた婚姻届
当然出す事をしていなかったソレは、すっかり皺だらけになってしまっている
「……あなた、一体何を考えているのかしら?」
明らかに常軌を逸しているソレに
畑中は怪訝な顔ばかりを浮かべて見せていた
「お前には関係のない事だ。あの子を、渡せ」
父親からの強制
ソレに素直に従ってやるほど畑中は従順ではなく
唯、父親に対する不信感のみで畑中は首を横へと振っていた
「お断りするわ」
「何だと?」
「私は別にあの子をどう思ってる訳でもないけれど」
途中、言葉を区切ると
父親へと満面の笑みを浮かべて見せながら
「パパがあの子をどういう形であれ必要としているなら、私は絶対にあの子を逃がさない」
「何を馬鹿な……」
「あら。あんな小僧ひとりに執着するのは、馬鹿けた事じゃないのかしら?」
嘲笑を、向けてやる
畑中は薄薄とだが解りかけてきた
父親の、小林に対するソレが
唯単純に財産目当てではなくなってきている事を
金ならばそれなりに持ち、不自由など無い筈の父親
それでも小林に執着する、その理由は
「……パパにそっちの気があったなんて驚いたわ」
飽く迄も憶測でしかなかったが
畑中の指摘に父親の顔色が明らかに変わっていった
「……彼女に、似ているんだ。あの子は」
「彼女って誰の事?」
唐突に語る事を始めた父親
突然訳が分からない語りを始められた畑中は当然怪訝な顔で
だがそんな畑中を気に掛けるでもなく
父親はそのまま、何かを憂う様な表情を浮かべ話す事を続ける
「彼女は、あの子の母親は私の嘗ての恋人だった」
「は?」
「私が家内と結婚する前の話だ。結局、家の都合で彼女と添い遂げる事は叶わなかったが」
聞きもしていないのに勝手に聞かされる父親の過去
だが、色々と関係性だけは理解する事が出来た
「……それが、あの子に執着する理由って訳」
聞いて損をした、と心底呆れた様な顔をして見せれば
だが父親は何を恥じることもせず、尚も畑中へと言い迫る
だが畑中はこれ以上聞く気は無いと
父親へと背を向けていた
「……引き取らせてはもらえないか」
「そうね。どうしても欲しいって言うなら、いっそ誘拐でも仕出かせば?」
「和志……!」
「じゃぁね。パパ」
話しを一方的に終わらせ、畑中は踵を返し帰路へ
自宅へと帰り着けば、未だ小林は放心状態で
何の反応も見せない小林を呆れた様に眺めていた畑中だったが
その内、別の感情が畑中の内に現れ始めていた
小林の肩口を若干手荒く掴み上げると、噛みつくような口付けを一つ
「!?」
「労いの言葉の一つも言えないか?お前は」
未だ血の滲む傷口を態々見せつけてやるかの様に顔を近く寄せてやれば
小林は明らかに怯えの色を見せ始めた
身体を震わせ始め、その場へと座り込んでしまう程に
ソレは酷いモノだった
「……血、沢山出てた。沢山……!」
「何?」
「……嫌だ、嫌だ!」
首を横へと振り乱すばかりの小林へ
怪訝な顔を畑中はして向ければ

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