《MUMEI》

「テメェ、何者だ?」
だが見覚えなど無いその顔に相田が怪訝な表情を浮かべて見せれば
「……今夜、また一人、オヤクソクに消える」
まるで一人言の様に呟いた
益々怪訝な表情を相田が浮かべて見せれば
相手は更に言葉を続ける
「食われた指は、そのお約束の証。食われた者は跡形もなく、消える」
「……それは忠告か?ならもう少し穏便に伝えに来てくれりゃ助かるんだが」
重なったままの刃を弾いて退け、相田が相手と間に距離を置けば
相手はそのまま踵を返し、その場を去って行った
後を追おうと土を蹴った相田
ソレを、琴子が着物の袖を引いて止める
「……お嬢?」
「……居たの。一人」
「は?」
「……オヤクソクをされた人間が、一人いたのよ」
唐突な琴子の言葉
相田は何の事かが咄嗟には分からず、琴子へ怪訝な表情をむけて見れば
琴子は唐突に踵を返し、走る事を始めてしまっていた
「お嬢!?」
相田も咄嗟にその後を追い
すぐさま追いついてやり、腕を掴んで引きとめてやる
「ちょっと待て!何所行くつもりだ!?」
珍しい行動をとる琴子へ
若干声を荒げ、引き留めてやれば、丁度その脚が止まった
ソコは一軒の民家の前
戸を叩き伺いを立てることもせず、琴子はその家の戸を開け放つ
「……あの男は、何所?」
ソコは、昼間に指を食われたと騒動していた男の自宅
突然の琴子の来訪に、中に居た家族は皆驚き
だが構う事もぜず、琴子が更に問う事をすれば
「……うちの人なら、居ません」
重々しい返答が返ってくる
その言葉に、やはりと頷いた琴子
すぐさま踵を返すとその家を後に
外へと出る、その瞬間に
「……ごめんなさい。守って、あげられなくて」
か細い声で家族へと詫びを入れ、そして戸を閉じていた
そのまま麦んで帰路へと着く琴子
途中、その脚がピタリと止まり
「……本当に、馬鹿な子」
「やっぱこれ、あの琴音って言うガキの仕業か」
「おそらくはね」
「で?どうにかするつもりか?お嬢」
「……解らない。どうすれば、いいと思う?」
問いに対して問いで返され、相田は返答に詰まる
一応考えはしたものの、しかしいい案などそう簡単には出てくる筈もなく
煮詰まり、髪を掻いて乱してしまっていた
「……アンタに聞いた私が馬鹿だった」
「頭脳労働は俺が得意とする分野じゃないんでな」
完璧な人選ミスだ、と苦笑を浮かべてやれば
その自信満々な様に琴子は溜息をついていた
「……少しは脳みそを使いなさい。でないと早くにボケるわよ」
「老後の面倒位は、見てくれるんだろ?」
「嫌よ。それに、アンタは歳とったりなんかしないから」
まるでそれを確認するかの様に相田へと手を伸ばし
触れてみたその皮膚は何十年たっても変わらず、皺ひとつすらない
「……アンタも私も、相当年食ってるはずなのに」
何かを憂う様に呟きながら、琴子の手が相田へと伸びる
何度も、何度も
まるでその存在を確かめるかの様に
その手は相田に触れる様と求める
「お嬢、そこまで」
途中、その手を相田のソレが取り
そして琴子の手の平に触れるだけの口付けを一つ
遮られてしまった琴子が不機嫌そうな顔をして見せるが
そのすぐ後
徐に、相田が琴子の髪を結う事を始めていた
「何か、不安か?何が怖い?」
長く、柔らかなソレを慣れた手つきで結いあげて行きながら
暫くその手にされるがままになっていた琴子
何度も髪を梳いてくるその相田の手に、つい縋ってしまう
「……私は弱く居てはいけないのに。どうしてアンタは私を甘やかすの?」
「お前を甘やかすのなんて俺だけだろうが。偶には甘えとけ」
「……本当、馬鹿」
相田から向けられる笑みに釣られたのか
琴子はそれ以上何を言う事もしなかった
相田の笑みに釣られたのか
琴子は僅かに笑みを浮かべながら
「……そうね。ならお言葉に甘えて甘やかして貰おうかしら」
常日頃から余り表情は豊かではない琴子
その彼女が珍しく笑みを向けながら
その唇を相田の耳元へ
「……あの、指を食われてしまった男を、探して」
か細い声でそう頼まれる
一体どうしたのか
相田の表情がそう問う様なソレへと変われば
「嫌な、気配がするの。早く、しないと手遅れになってしまう」
だからお願い、と相田を見上げながら琴子にしては珍しい懇願

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫