《MUMEI》

申し訳なさそうに窺いを立てる中川
滝川は何とか頷いて返すと陽炎を中川へ
渡してやれば、中川は研究室へと入っていった
「俺、ど、なるのかな?」
「どうにもならねぇよ」
「……このまま、俺、陽炎に身体乗っ取られるのかな」
「馬鹿か、お前」
「でも、望――」
何か続けて言い掛けたその唇を深沢のソレが塞いで止める
その所為で声は形にはならず掠れた様な吐息へ
暫く、滝川が落ち着くまでそのまま
唇を漸く離してやれば、深沢は自らの額を滝川のソレへと押しつけていた
「……少し、熱があるか」
子供にしてやるかの様なソレに、滝川は素直に縋る
身体を抱いてもらえば安堵し
だが、次の瞬間
滝川の視界が白濁に染まった
その白の奥、見えてきたのは
月明かり眩しい深夜
そのささやかな光の下をゆるり飛んでは戯れている幻影・陽炎二羽の番
ひらりひらりと待っては遊び
だが、最初は空に満ちて見えていた丸い月が細く欠ければ欠けて行くほどに
何故か陽炎ばかりがその姿を保てなくなってしまっていた
―欠ケナイデ……。オ願イ、私ヲ、(殺)ソウトシナイデ!―
「……嫌、だ」
まるで自分が消えていくかの様な感覚にとらわれ、滝川は深沢へと縋り付いてしまっていた
余りに震えてしまうその様に
深沢は傍らのテーブルに無造作に放置されている眠剤の錠剤を勝手に取ると口へと含む
だが飲むのは深沢ではなく
「少し、寝てろ」
ソレを滝川へ
即効性のモノなのか、すぐ様滝川の全身から力が抜けていった
「あら、奏君寝ちゃった?」
寝息が聞こえてきたとはぼ同時
中川が大量の荷を抱えて部屋へと入ってくる
深沢の膝の上ですっかり寝入ってしまっている滝川を見
微かに肩を揺らす中川
「悪い、そこにあった眠剤、勝手に借りた」
「別にいいわよ。それより、はい」
その中川から徐に何かを手渡され
ソレを受け取って見れば何十枚という紙の束だった
「何だよ、この紙の束は」
「聞く前に中くらい確認したらどう?」
尤もな事を言われ
畑中は一つ呼吸を吐くと資料をめくり始める一枚、また一枚と捲って見れば
ソレは全て、幻影・陽炎、蝶についての様々なレポートをまとめたものだった
「……随分と面白そうなもん持ってんな。お前」
資料を捲る手はそのままに指摘をしてやれば
「父の書斎に残っていた資料よ。何か役に立つかなと思って」
ソレでひっぱり出して来たのだと中川
胸を張って見せる彼女の頭へと深沢は手を伸ばし
まるで子供を褒めてやる時の様に頭を撫でてやる
「や、やめてよ。見た目的にはアンタと私、親子位にみえちゃうんだから」
「すっかり老けたな。お前」
「……言わないでよ。悲しくなってくるじゃない」
「そりゃ悪かった」
差してそうは思っていない様子の深沢へ
中川は不機嫌そうな表情をあらわにして見せるが
深沢に対して文句など言うだけ無駄だと
諦めているのか言葉だけは喉の奥で飲み下していた
「……もういいわ。それよりほら、さっさと読むもの読んじゃってよ」
中川に急かされ、深沢は改めて資料へと眼を通す
月の満ち欠けと蝶の生態その関係性について
細かな字で様々書いてあるそれを
随分と衰えてしまった視力で何とか読み進めて行けば
だが滝川の症状に類似する様な記述は見受けられなかった
「どう?何かわかった?」
資料をテーブルへと放り出してしまった深沢へと中川が問う事をすれば
だがさっぱりの様で、深沢は手荒く髪を掻き乱すばかりだ
「頭脳労働、苦手だもんね。アンタ」
「そりゃまあ、化学者先生共の脳みその出来とは雲泥の差だろうよ」
「……それ、もしかしなくても嫌味言ってる?」
「さぁな」
はっきり言っってやる事はせず、深沢は掛け声をかけながら腰を上げる
帰るのか、との中川へ
深沢は滝川を片腕に抱え上げると
その場を後に
結局は何一つ解らないままの現状に深沢は舌を打ちながらゆるり帰路を歩く
「……ん」
途中、滝川が僅かに身じろぎ
その様を眺め、子供の様にあどけない寝顔に肩を揺らしていると
その深沢の眼の前へ何か淡い光がゆるり現れた
ソレは深沢へと何かを訴える様に忙しなく飛び回り
そして口付けるように深沢の唇へと停まる

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