《MUMEI》

 「和泉、起きなさい」
畑中が出掛けてから暫く後
あの状態のまますっかり寝入ってしまっていたらしい小林は
起こされる声に眼を覚ましていた
泣き過ぎてすっかり腫れてしまった眼を更に擦れば
寝起きにぼやけて見える視界が段々とはっきりと見え始めてくる
「お早う、和泉。良く眠っていたね」
そして見えてくる目の前のソレに
小林の表情が段々と強張っていった
「……何で、こんな処に……」
「勿論お前に会いにだ。和泉」
「何で……?」
「大丈夫だ。何も怖がることはない。私なら、お前を愛してやれる」
父親はまるでうわ言の様に呟きながら
小林の肩を掴み上げると身体を無理やりに抱く
その腕を小林は振り払おうと懸命にもがくが無理で
自身へと向けられるその有るまじき感情に恐怖さえ抱いていた
「さ、和泉。私と行こうか」
小林を抱き、満足したのか
満面の笑みを浮かべる父親
どうしても振り払う事が出来ないその腕に引きずられ
小林は車へと連れ込まれてしまう
走り出した車は、だが以前畑中に連れて行かれた実家ではなく
暫く走った街中にある高層ビルへと到着していた
「此処……」
そのビルの前に立ち、小林は愕然と立ち尽くしていた
ソコは、小林の両親が身を投げた場所で
真下のコンクリートには未だに薄く、血の跡すら残っている
「あ……」
その恐怖に膝を崩してしまった小林
段々とその身体を震わせ始め
父親がその小林を立たせてやろうと腕を掴んだ
その直後
「俺に、触るな――!」
喚く声を辺りに響かせながら、小林はその手を払って退ける這う様に何とか父親との距離をとると、逃げる様に向かに建っている廃ビルへと逃げ込んだ
ソコは元々、小林の両親が営んでいた会社の残骸
人気が全くなくなってしまっている今では、その建物の至る処にヒビなどの綻びが見受けられる
「もう、嫌だ。嫌だ……!」
一人、うわ言の様に何度も繰り返しながら小林はビルを上へ上へ
そして等々、屋上にまで着いてしまっていた
眼下に広がる広い街
大勢の人間が今自分が見渡すそこに居るのに
何故自分だけが一人なのか
その事に小林は悲観する
「……ここから落ちたら、多分楽になれる」
全てを奪われ、自暴自棄になっていた両親がその全ての煩わしさから逃げ出した様に、と
そんな下らない事を一人言に呟きながら
「……あいつだって、きっと清々する」
小林は不意に畑中を思い浮かべていた
だが自分が
死んだところで悲しむ人間などもう居ないのだ、と
フェンスへと乗り上げる小林
そしてそのまま全身の力を全て抜いてしまっていた……

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