《MUMEI》
day2-01
[残り五日]

 翌日、六月四日、月曜日。
 昨日の曇り空が嘘みたいな日本晴れが大到来していた。煉は七時半頃目を覚まし、土管から這い出し、ゆっくりと体を起こして行動を開始する。
「腹……減ったな……」
 あれだけ不平たらたらだったくせに今は無邪気な顔で呑気に眠りこけている早姫を見るとたまに凄く恨めしくなり、彼の目付きが一層危ういものになる。ただし、火炙りにして俺の朝飯にしてやる! とか画策している訳では断じてない。単に脱力しただけだ。
 煉はとにかく公園にあった水飲み場で水道の蛇口を捻り、顔を洗った。半分眠っていた彼の自意識もそれによって完全に覚醒した。
 未だ早姫は土管内部で煉のマントに包まりながら目を閉じている。その光景は平和そのものだった。今度はこちらから何か文句を垂れてやろうかとか、その顔に落書きでもしてやろうかとか思うものの、その顔を見たらそんな邪念もどこかに吹き飛んでしまった。
「まあ、いいか」
 時間はまだまだたっぷりあるのだからな。何せ奪命任務を遂行するのはこれより五日後、六月九日の土曜日だ。余裕は充分過ぎる程ある。
 煉は三つ重なり合った土管の頂点に腰を降ろし、これからの行動指針を練り始めた。
 まずは、今回の対象の確認。
 加賀音湊(かがね・みなと)。そういう名前で町内の県立高校に通う高校二年生。半月前に十七の誕生日を迎えたばかり。身長百五十センチ、体重四十五キロ。学業成績は概ね優秀、運動能力は人並み程度。青い髪のロングヘア、やや垂れ目で後ろの首筋にほくろが一つ。命日は六月九日。
 与えられた資料には以上のようなことが記載されていた。普通の死神はこんなデータを取り寄せたりなどしないものだが、彼は別である。現在生きている人間の領域に深入りしたがる、彼は極めて変わった死神だった。人間らしい情緒を持っていたり、言動をしたりと、中身は死神というよりは人間に近かった。高校時代に死したことが何か影響してるのだろうか。
「あれ煉、起きてたの」
 ようやく早姫が眠そうに目を擦りながら土管から這い出た。一丁前に大口開けてあくびもしている。そこから声帯引きずり出してやろうか、などとは決して考えてはいない。単にその場に和んでいるだけだ。ああ、平和だなあ。これから為すことは平和の真逆になるんだが。
「起きてちゃ悪いか」
「そんなこと言ってない」
「そう聞こえるんだよ」
「……ねえ、お腹空いた」
 だからどうした。まさか俺に用意させようってのか。……いつものことながら、何故こいつはこんな偉そうかつ横柄なんだ。図々しいことこの上無いぞ。

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