《MUMEI》
day2-02
「……まだどこの店も開いていない。あと二時間半は待て」
「死ぬぅ」
「今更だな」
「で、今日から観察すんの? 対象」
「ああ、今日から始める。この近くの県立高に通っているようだし、都合がいい」
 煉は土管から飛び降りた。
「もう行くの?」
「いや、散歩だ。今動いても仕方が無い。収穫は見込めないからな」
 煉は土管の中にあった彼のマントを回収して着衣し、その中に両腕をしまって歩き出した。
 が、三歩程して立ち止まった。そして、振り返る。
「お前はどうする? ついて来るか?」
「ううん、あたしはあたしでその辺見てくるから」
「そうか。なら、一時間後にまたここに来いよ。遅れるな」
「うん」
 言って、青猫は煉の足元をすり抜け、さっさとどこかへ走り去った。せわしない奴だ。
 煉は腰に差した刀に手を当て――しばらく、およそ五分程立ち尽くしていた。早姫の後ろ姿と、彼女本来の後ろ姿が重なって見えた気がした。その瞬間、煉の意識は飛ばされてしまっていた。気づいた時には早姫の姿は跡形も無くなっていた。
 早姫の、その後ろ姿には、見覚えがあった。あれは生前――思い出そうとすると死んだ時に強打した後頭部がずきずきと疼く。
 そして――結局自分は思い出せずにいる。大切なことのような気がして、しかし過去に忘れてきてしまった、生前一つの記憶。
 煉は偏頭痛のような痛みを覚えはしたが、それは少しの間彼を苦しめ、しかし余りにも突然に忽然と突如として消え失せた。
 煉は忘れることにした。考えたところでどうしようもなく、どうにもならない気がしたからだ。思い出そうとする度に頭を抱えてなんかいられない。
 煉はようやく、再び足を動かし始め、公園を出た。今朝から街は太陽光に照らされ、既に気温はそこそこ高まっていることだろう。昨日はあんなに雲が多くて涼しく過ごしやすいかと思いきや、何だこの天候の急変振りは。一夜にしてここまで変貌するか。今は梅雨じゃなかったのか? 今年はそれはスキップしてもう初夏なのか? パスか? スルーか?
 煉は当然アテなど無く歩を進めていた。

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