《MUMEI》
day2-03
 煉は生前、通っていた高校で部活はしておらず、部活動というものが何なのかよく解ってはいなかった。ただ単に同じ趣味もしくは強制的に入ったサークルで同じことをやり抜く集団の枠組みにしか思ってはいなかった。
 だから今回の標的である加賀音湊が剣道部なる部活動に所属していようとも、特に何とも思わなかった(任務に何らかの形で支障が出るとも考えられないしな)。
 その時は放課後。広い高校の校舎の屋上に煉と早姫はいた。早姫は煉の肩に乗り、煉はその場にあぐらをかいで黙り込んでいる。
「そろそろ部活始まるんじゃないの?」
「そうだな……そろそろ動こうか……」
 今日これまで観察した結果(ただし、彼女は何故か昼休みに登校して来たようだったが)、湊はどうやら一般的でどこにでもいるありふれた一高校生にしか見えなかった。飛び抜けて勉強ができるわけでもなく、運動能力も人並み程度だった。ただかなり快活で、交友関係はかなり広いように見えた。さっきも道行く色んな生徒にまた明日と声をかけて回っていた。そして男女問わず皆が元気に返事をしていた。
 俺と対極の存在かも知れない、と煉は思い始めていた(煉は内向的なわけではなかったが、とにかく、生前友達は自慢できる程多くはなかった)。
 煉はゆっくりと立ち上がり、早姫は彼の肩から地に降り立った。
「剣道部が活動しているのは……剣道場か……そりゃそうか」
 右の反対は左くらい当たり前のことを呟き、煉は四階建ての校舎の屋上から飛び降り、大地に平然と、何事も無いように着地した。そしてそこから、更なる移動を開始する。目的地である剣道場に向けて足を始動させる。
 着地時に一陣の風が波紋を描くように辺りに吹いたが、煉の存在に気づく者は当然のことながら皆無であった。本日の午前中に領域指定霊力探査を行ったところ、この学校にまともなレベルの霊力を持つ者は一人もいなかった(霊力と霊感は違うものだ。もっとも、この学校にまともなレベルの霊感を持つ者も存在しなかった)。つまり、この学校で煉が姿を意図的に見せずに存在を知ることができる者は誰一人として居はしない、ということだ。それなら動きやすい。
 煉は鋭い視線をそのままにしたまま、中庭を横断した。早姫は煉の肩の上で、物珍しそうに辺りを見渡している。そのことを煉はやや不審に思った。
「……今、何を見ている? 別に高校を潜入することは初めてじゃないだろうが」
 勿論のことこの声も周りの者にしか聞こえてはいない。ノイズとしても感知できない。それができるのは人間ではない早姫だけだ。
「……今時女子の制服がセーラーで男子はブレザーなんて、珍しいなぁ〜、って思ってさ」
 いや、そんなことは無いと思うが。知らないだけで、探せばけっこうあると思う。
「あたし達の制服はセーラーと詰襟だったよね」
「……そう言えばそうだったな」
 早姫はどうやら生前、高校時代のことを懐古しているようだ。二人は同じ高校で同じクラスに通っていたのである。
 しかし煉の場合は、高校には余りいい思い出が無い。何で進学したのかと思ったくらいだったのだ(中退しなかったのも不思議なくらいなのである)。いい思い出など何も無いまま、卒業前に彼はその生涯を終えてしまったのだ。
 だが、だからこそ彼に未練は無く、死というものをあっさりと受け入れられたのかも知れない。(死んだと理解した当初こそ慟哭したが)もう少し生きたかった、とか思うことが全く無かったのだ。早姫の方は相当なショックを受けていたようではあったが。

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