《MUMEI》
day2-04
「今だけだぞ。追想に耽っていられるのもな。あと数日もすれば、任務を執行しなければならないんだ。今は単なるモラトリアム期間だからな。任務の遅延は許されないんだ。その時に局から叱られるのは俺なんだからな。給与に支障が出たら、お前だって困ることになるんだぞ」
「へいへい、解ってますよーだ」
 何だ、そのいかにも嫌そうな言い草は。本当に飯抜きにしてやろうか。
「俺にとって高校は公共の就学機関でしかなかった。友達を作ったりとか、そういうことも別にどうでもよかった。高校生活ってのも、成人するための準備期間でしかなかったからな」
「……いつも思うんだけど、煉の人生つまんなくない?」
「まあ、俺は生きてて楽しかったと思ったことは……」
 そこで煉は一度言葉を区切り、口元に右手の指を添えての思考モードでしばらく既に自らの終わった一生をさっくばらんに回顧し、
「……うん、多分無かったな。少なくともすぐには思いつきそうにない」
「……そう」
 早姫は溜息を吐いた。
「いいだろ別に俺のことは。お前は生前とても楽しそうにしていたじゃないか。悩みなんて何一つ無さそうなくらいだった」
「……それはいくら何でも言い過ぎだよ。まるであたしは年中能天気みたい」
「違うのか?」
「違うよ」
 煉は小首を傾げた。はて、そうだったかな。とりあえず煉は何か物思いに耽ったり思い悩んでいる早姫は様子を想像することができなかった。彼の中でそれは余りにも彼女に似つかわしくないものだったからだ。
「あたしだって色々、思うことがあるもの」
 煉の肩の上で早姫が小声でそう言った。煉にとってはそれは軽度の衝撃である。今の今までそんな素振り見せたこと無いのに、いつの間に。
「……おい、俺達今はパートナーだろ。相棒だろ。ただの仕事仲間じゃなく、互いに無くてはならない存在だろう。そんな近しい間柄なんだから何か悩み事があるなら俺に相談しろよ。出来る限り八方手を尽くして協力してやるから」
「……誰にも言えない悩みってのは、誰にでもあるものなのよ」
 これまた驚きだ。誰にも打ち明けられない程思い詰めていたのか。そこまで言われたらなおのこと心配になるじゃないか。
「ほら、そんな話はいいから。もうすぐ剣道場」
「あ、ああ、そうだな」
 確かに剣道場の、もう目前にまで迫っていた。
 その時、
「遅刻遅刻」
 彼のすぐ脇を誰かが走り抜けて行った。余程急いでいたようで、煉も早姫もちらっとしか、しかも横顔しか確認できなかった。そいつは肩から鞄を斜めに提げ、猛進しながら剣道場内に突っ込んだ。
 そいつが入口辺りで一度煉のいる方向を振り向いて、彼らは確信した。
「……あいつだな」
「……そうね」
 そいつは正しく、今回の奪命任務の標的に指定されているところの、加賀音湊に違い無かった。

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