《MUMEI》
Impulse
「それでさ……もしかしたらあの時からかも知れないけど……俺、お前のこと、好きなのは名前じゃなかった。今になってようやく気づいた。気づけたんだ」
「……?」
 そよ風が吹き渡る。音無はしっかりとかなでの顔を見据えたまま、次のように言った。
「俺が好きなのは、名前じゃない。名前も好きだけど、そうじゃなくて、俺が好きなのは、お前自身なんだ」
 一瞬、かなでの呼吸が確かに停止した。
 それにも構わず、はっきりと明瞭な言葉で、もう一度。
「好きだ、かなで。俺、お前のことこんなにも、好きになっていたんだ。お互いいずれ消える運命だとしても、どうしても言いたかった。自己満足に終わっちまうかも知れないけど、どうしても言いたかったことなんだ」
 その怒涛のような嗚咽のような荒波のような稲妻のような激白に、かなでの頭は真っ白になりかけた。しかししっかりと自我は保ち続ける。かなで自身、まさかここでそんなことを言われるとは夢にも思っていなかった。次第に何も考えられなくなりそうになる。脳味噌が今にも沸騰しそうな想いだった。
 それでもかなでは、音無から目線を逸らさず、真摯にその言葉を受け止めた。
「……そう……」
 漏れ出ただけのような感動詞だったが、そこに様々な感情を音無は垣間見た。精神を動揺させてしまっただろうか、無遠慮に混乱を与えてしまっただろうか、要らぬ不安をもたらしてしまっただろうか、……いや、それとも、第一に感じたように、まさかまさかかなでを悲しませることに、なってしまったのだろうか。
「かなで……?」
「結弦」
 何事かを言いかけたが、かなでが音無の言葉を分断した。
 今度はかなでの用を聞く番だ、音無はそう理解していた。
 かなでがそうしていたように、音無も静かに耳を傾けることにした。
「あたしはあなたに出会えて良かったわ。この世界であなたに出会えるかどうかなんてわからなかったもの。最初は不安だった」
 序段、願ってもない言葉だったが、中段以降は意味がわからなかった。理解力が足らないのか、かなでの説明不足なのか、まあまだ話は始まったばかりなので、音無は黙って続きを促した。
「あたしは、あなたに『ありがとう』を言いに来たの」
「……? ……どういう意味だよ……」
「……あたしは、あなたの心臓で、生き永らえることができた女の子なの」
 スパーク。実際に脳回路がショートし、断線した気がした。音無は今聞こえてきたかなでの言葉にまず耳を疑い、次に聴細胞の故障を疑い、更には自分の脳の聴覚野まで疑い始めた。それぐらいの驚愕を彼に与える衝撃の一言だった。同時に彼は眼球が飛び出しそうな程一杯に目を見開いた。その網膜にはかなでの姿が、確かに映し出されていた。

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