《MUMEI》
Thanks
 例えどんなことを言われても、彼の中のこの気持ちが変わることは無いだろう。一生――その一生はもう終わってしまったが――消えることも、絶対に無い確固たる想いなのだ。他の誰でもない、かなでに向けられた、想い。
 でも、それを言ってしまったなら。
 恐らくかなでは消えてしまうだろう。自分の命の恩人に『ありがとう』を言うことができ、その上でその相手に好意を告白されたら、未練が無くなり成仏するに違い無い。
 彼はそのことに多大な抵抗を感じていた。いつかはこうなるとわかっていた筈なのに、いざそうなるとどうしても一歩が踏み出せず、今いる場所で足踏みしてしまう。
 かなり途惑った様子の音無を見かねたのか、かなでの追撃。
「結弦! ……お願い……」
「……そんな……」
 かなでは今まで見たことの無い積極さで音無に迫っていた。それを聞かなければ死んでも死にきれないといった風情である。
「結弦! ……あなたが信じてきたことを、あたしにも信じさせて……?」
 音無は自分が今にも泣き出しそうな情け無い顔になっているのを感じた。
「生きることは素晴らしいんだって」
 ふと思い浮かぶ妹の顔。初音は幸せだったのか今でもわからない。でも彼は、確かに初音の顔を見て、そして『ありがとう』と言われるだけで満たされていた。幸せだったんだ。最期にはドナー登録で、現にかなでを救うことができたそうだ。彼は生きる意味を見つけ、生きた証を遺すことができていた。最期は余りに唐突だったが、彼が彼として生きた人生は、彼にとって素晴らしいものだったのだ。たとえ生前どんなに辛くても、また新しい人生も、悪いものじゃない。生きることは素晴らしい。彼のその想いも、変わりはしない。
「かなで……」
 音無はそっと彼女の傍に寄り、彼女を抱き寄せた。
「……愛してる……! ずっと、一緒にいよう……」
「……うん」
 彼は力一杯彼女の身体を抱きしめた。今ここにいる彼女を、その腕で、その心で確かめたかった。感じたかった。
「ありがとう、結弦」
 音無は誰に言われるでもなくわかっていた。それは直感に近いものだったが、同時に確信のようでもあった。もうすぐ、全てが終わる。二人で戦線メンバーを卒業させると決めたあの日に考えた、全てが終わったらその時、俺達はどうなるのだろう……その時が、正にすぐそこまで迫っているのがわかった。目をつむりたかっただけだ。わかっていた。ずっと一緒になんていられない。いつかはこの世界を去る時が来る。それもまた、抗いようの無い宿命なのだ。ここは若者達の魂の救済所であり、愛し合う者同士の永遠の楽園ではない。公共の就学機関と同じように、いつかは旅立っていくべき場所なのだ。
 彼は無様に泣きじゃくりながら、彼女にすがりつく惨めな自分を自覚した。それでも、手を離さなかった。
「かなで……愛してる」
「……うん……すごくありがとう。……愛してくれて、命をくれて、本当に……」

 ありがとう。

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