《MUMEI》 Extinction彼を支える一つの力が消失し、彼は危うく前のめりに倒れこみそうになったが、どうにか踏み止まる。そしてすぐに、かなでの姿が見えなくなっていることに気づく。成仏だ、彼女も思い残すことが無くなってこの世界を去っていくことができたのだ。即座にそう悟った。殆ど同時に名状し難き寂寥感が彼に押し寄せた。生前、彼の軽挙のために妹が死んでしまった時や、つい先程、日向達戦線メンバーが一人ずつ消えていった時に感じたものと同じだった。ここでの生活を気に入っていた彼の仲間は、もう誰一人として残っておらず、もう消えてしまった。皆とここで過ごした日々はとうとう終焉を迎えてしまった。後には彼一人しか残っていない。 全てが終わり、かなでもいなくなり、彼は言いようの無い悲しさに打ちのめされ、そして大粒の涙をボロボロと零してしばらく泣いていた。最初はとっとと消えるつもりだったのに、いつの間にか馴れ合って、いつの間にか仲間になっていた。彼らの姿が、一人ずつ脳裏に浮かんでは消えた。彼らと共に過ごした日々が、走馬灯のように去来する。 『ようこそ、死んでたまるか戦線へ』奇矯なノリで彼を戦線に迎え入れたリーダー・ゆりっぺことゆり。 『ふん、ついに来たか……! 決着の時がな!』いつもハルバードを担いで何かにつけ音無を目の敵にしていた野田。 『行け! 俺の意識があるうちに……』分身にかなでがさらわれ、二度目の降下作戦の際、自ら犠牲になって皆の活路を開いた松下五段。 『今なら間に合う! ……Oh……飛んで行って抱きしめてやれェ……』落ちてくる天井を支え続けた、最期まで謎だったTK。 『しまった忘れてたよ!』……んな大事なこと忘れんな大山。 『おっと……私を脱がす気ですか?』人知れず筋肉マンだった高松。別にお前の裸など見たくない。 『藤巻だ、ボーズ』戦線一の噛ませ犬、藤何とかさん。 『記憶なし夫! やるよ』ガルデモのヴォーカルとしてバンドを牽引し、自分の力で報われて消えていった岩沢。 『……あさはかなり』……椎名なり。 『音無さん! おはようございます!』音無以外には冷めた態度だったが、途中から参戦して頭の悪い連中の代わりに頭脳となった至高のギャグキャラ生徒会副会長の直井。 『ユイって言います! よろしくお願いしまっす☆!』いつも元気一杯だったガルデモ第二期ヴォーカルのユイ。最期は日向のおかげで消えることだできた。 その日向。『じゃあな、親友!』最初から好意的に音無と仲良くしてくれた。一緒に戦い合った大事な仲間であり親友である。彼がいなければ音無は野田や藤巻辺りにいじめられていじけ虫になっていたかも知れない。 『あたしは天使なんかじゃないわ』『音無君』『きっとその誰かは、見知らぬあなたに、ありがとうって、一生思い続けるわね』『ありがとう』……中でもかなでの姿が一際多く思い浮かんだ。 彼はいつしかその場に座り込んでいた。皆……皆消えてしまった。 だが彼はここで過ごした日々を忘れまいと強く心に誓った。あの笑顔も、あの涙も、全てを背負ってこの世界を去って行こうと思った。 「……終わっちまったよ……かなで」 涙はその時点でもう止まっていた。枯れ尽くしたのかも知れない。 「俺もお前と一緒だ。この世界で、お前と出会えて良かった。……愛してる、だからまた会おう、次は、ここじゃないどこかで」 一陣の風が吹き、後には何も残らなかった。校長室には相変わらずぬいぐるみやら手錠やらハルバードやらが残されているが彼は何も残さなかった。この世界に残すべき物なんて無かったのかも知れない。けど……彼の心と、彼の仲間達の想いは、確かにここにある。 それぞれの日々が始まる。 長年の戦いから解放された皆の日々が、また始まる。 今度こそは理不尽じゃなく、一人一人が満足できるような人生に、なりますように。 そう願いつつ、彼は再び現世に生まれ落ちた。 [完] 前へ |
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