《MUMEI》

 「畑中、携帯うるせぇぞ」
知人が営む喫茶店
外に出たついでに茶でも、と立ち寄っていた畑中
漸く自分自身が落着き出された茶を一口飲んだ矢先のことだった
大音量で鳴り始める着信音
唐突なソレに相手も確認せず出る事をしてみれば
『和志さん!和泉さんはそこにいるかしら!?』
電話相手は、母親
珍しく声を荒げる母親へ
何故そんな事を聞いてくるのか
畑中が問うて返せば
『居ないの、和泉さんが何処にも!!』
畑中の家にすら、と小林の不在を酷く訴えてきた
たかが家に不在というだけの事がそれほどまで大事なのか
ソレをほとほと呆れながら問うてみれば
『……あの人は、ウチの人は和泉さんを欲しがっていた。財産は勿論、和泉さん本人も!!』
「何故?」
金にがめつい父親が財産を欲するのは理解は出来る
だが誘拐を仄めかしてしまう程に小林を欲するのはなぜなのか
当然怪訝に思う畑中へ
『……ウチの人が本当に愛していたのは、和泉さんのお母様だから』
母親が憂う様な声で語り始める
『……私達は所詮親同士が勝手に決めた婚約者同士。他に好きな女性がいたあの人に本気で想ってもらえるなんて考えてはいなかったけれど……』
いまいち要領を得ていない母親の説明
だがそれ以上を聞いてやるには時間すら惜しかった
嗚咽に肩を揺らし始めた母親に構う事もせず電話を一歩的に切ると
畑中はそのまま外へ
出ようとした、その矢先
「畑中、これ使え」高見から何かが放って寄越された
勘で受け取ったソレはバイクの鍵で
受け取り、畑中はすぐに走り出した
小林は一体どこにいるのか
近所を手当たり次第走って探しまわり
とあるビルが建つ通りに丁度差し掛かった時だった
「ねぇ!あそこ、ビルの上!誰か居るわ!」
通りすがりの女性の叫ぶ声と同時、そこを通る大勢の人間の眼が上を向く
畑中もそれに釣られつい上を見やれば
「……!」
其処に見えたのは、小林だった
一体、あんな所で何をしているのか
そこに立つ脚元は遠目から見ても随分と覚束ない
「あの馬鹿、何を――!」
周りの喧騒を傍らに聞きながら畑中はバイクを降りる
そして建物へ掛け込むように中へ
廃ビル故エレベーターなど当然動いてはおらず階段で上へと向かい
屋上へと到着した頃には息がすっかり切れてしまっていた
だがそんな事よりも
「……和泉!」
畑中は小林の元へと掛け寄り、落ちてしまう寸前のその手をとった
引きよせ、腕の中へと抱いてやる
「……な、んで?」
「それはこちらの台詞だと思うが?一体、何をしていた?」
溜息混じりに問う事をしてやれば
だが小林は答える事はせず、唯々畑中の服の裾を握りしめながら涙に肩を揺らす
「……テメェらの、所為だ。何もかも、テメェらの――!」
向けられる感情、だが以前の様な敵意は感じられず
泣くばかりの小林へ
「……俺が、お前の目の前で此処から飛び下りれば、少しは満足するか?」
問うてやれば、小林の眼は見開いて
丁度その時、畑中の両親もそこへと現れたのを視界の隅に確認すると
畑中の口元が、不意に緩んだ
「……テメェ、何を――」
「よく見てろ。クソガキ」
言葉も終わりに傾く畑中の身体
その足下には支える者が何もなく
落ち掛けの畑中に、母親が叫ぶ声を上げる
だがそれよりも悲痛な叫び声を、畑中はすぐ傍らで聞いた
強く腕を引かれ、畑中は屋上のコンクリートの上へと倒れ込む
「……嫌、だ。嫌だ。もう、一人には、なりたくない……!」
腕を引いたのは、小林
弾みで座り込んでしまった畑中へ、何度も懇願するようにしがみついてくる
「……愛して、くれなくてもいい。疎ましい存在のままでもいい。それでも、構わないから――!」
嗚咽に肩を揺らし始める小林
泣かせてしまった事に罪悪感を覚え、畑中はその身体を抱いてやる
「……わかった。わかったから、もう泣くな」
何度も背を撫でてやり
暫く経ち、漸く小林が落ち着き始めた矢先に
父親が近く寄ってきた
「……和志、そのこをこちらへ。その子ならば私の寂しさを癒して――」
「一生、一人でやってろ。このクソハゲ」
言葉も途中に畑中は悪態を吐き、脚を蹴って回す
ソレは父親の頬を見事に強打し、その身体が弾みで倒れ込んでいった

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