《MUMEI》

「あの僕、一応由月に声かけてきますね」

「でもあのコ、言い出したら聞かないわよ?」

「分かっていますけど、さっきのこと、謝りたいので…」

「気にしなくてもいいんだが…。雅貴は雅子と違って、繊細で優しい子だな」

「そういう兄さんの頑固は見事に由月ちゃんに引き継がれたわね」

「お前だって頑固じゃないか!」

「だってって言うなら、認めるのね!」

ああ、またはじまった。

僕は宙を飛ぶ物を避けながら、廊下に出た。

何とか記憶を頼りに、歩き進む。

だけど昼と夜とじゃ、邸の雰囲気が全然違う…。

「ううっ…。怖いなぁ」

それでも奥へ進むと、とある部屋から明かりがもれているのを見つけた。

「あっ、あそこかな?」

思わず早足で進み、襖の前に立つ。

え〜っと、襖でノックするのはおかしい。

ここはやっぱり声をかけるべきだろう。

そう思って口を開くも、

「―何?」

中から不機嫌そうな由月の声。

「あっあれ? 僕だって分かった?」

「足音、ウチの家族以外の音だったから、分かるよ」

「そっそう。スゴイね!」

…っと、感心している場合じゃなかった。

「あの、ちょっと話があるんだ。部屋に入ってもいいかな?」

「…勝手にすれば?」

「うっうん、ありがとう」

僕は恐る恐る襖を開けた。

中は思った以上に広かった。

二十畳はあるんじゃないだろうか?

部屋は本棚がいっぱいで、難しそうな本がたくさんあった。

「スゴイ本の量だね? コレ全部、由月が…」

「オレが集めるワケないじゃん。祖父さんのだよ」

「あっ、そっか」

「ここは祖父さんの書斎を改造した部屋なんだ。オレの自室用に」

「へ? でも部屋ならいっぱいあるよね?」

「あるけど…ここが一番落ち着く」

この部屋は玄関から一番遠くて、窓から見る景色も中庭に面している。

静かで、あんなにいた人の気配がここにはない。

「確かに静かだね。でも静か過ぎて、僕には怖いな」

「別に完全な沈黙はないよ。耳を澄ませば風の音や虫の声、川の音が響いてくるし。普段はパソコンやテレビ、ラジオの音が響いているしね」

確かに今もテレビとパソコンがつけられている。

でも音は小さ過ぎて、僕達の声の方が大きいぐらいだ。

由月はこんな部屋に1人でいるんだ。

そう思うと少し胸が苦しくなった。

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