《MUMEI》
4 アイジョウ
 「そんな所に突っ立てないで入ったらどうだ?」
漸く帰宅の途に就いた畑中達
疲労困憊にさっさと家の中へと入っていく畑中
だが小林の脚は中々中へは進んでいかない
小刻み身を震わせ、そしてそのままその場へと崩れ落ちてしまう
この瞬間、小林が何を考えているのかは畑中には知る事は出来ない
それでも、震えを少しでも和らげてやるためか、その身体だけは抱いてやっていた
「お前は、どうしたい?」
「俺?」
何かを悩んでいる様子の小林へ
問うて見たことがそのまま鸚鵡返しで返される
畑中は頷いて返してやりながら、今小林がどうしたいのかを
小林本人に改めて考えさせてやる
「……俺、は――」
定まっていない視線を益々泳がせながら考え始め
そしてその手が本当に無意識に、畑中へと伸ばされていく
一体どうすればいいのか、その明確な答えが欲しい、と
「……傍に、居て欲しい」
唯それだけを切に望んだ
今、この時だけでもかまわない、確かな存在がすぐ傍に欲しかった
未だ震える手が畑中へと触れる寸前
畑中がどうしてかその手を避け
小林は、不安気な表情をして向けた
「……俺が、欲しいか?和泉」
触れられるか、触れられないか
その微妙な距離感を保ったまま畑中が意地悪く問う
何も掴む事が出来なかった手を、小林はそのまま震わせ始め
余程不安なのか、すぐ様肩を嗚咽に揺らし始めた
「……素直に、求めてみろ。前にも言った筈だ」
頑ななその様に畑中が溜息混じりに行ってやれば
その言葉に従うかの様に小林の両の手が畑中へと伸ばされる
「……約束、してくれる?」
一人には、絶対しない
その確実な何かが今は欲しかった
ソレをくれるのは、今は畑中しかいないのだと縋る事に必死だった
「……それは、お前次第。そうして欲しいなら俺を、口説き落として見せろ」
態と唇を耳の間近で呟いてやれば
小林の手が畑中の頬を引きよせ、口付ける
そのまま小林は畑中をベッドへと押し倒し、その畑中の腹を跨ぐ様に馬乗りに
恥ずかしさと戸惑いに顔を朱に染める小林
懸命すぎるそれに畑中は気付かれない様肩を揺らす
言葉ではなく、もっと分かりやすい行為で
そのつたない愛情表現に畑中は更に笑みを浮かべ
「……漸く、引き合ったな」
不器用な口付けを戴きながら畑中は呟く
全く正反対を向いていた最初
近づく事などあり得る筈もないと思っていた
だが今は、その存在が近すぎる場所にある
その事に畑中は口元へと微かな笑みを浮かべながら
「……オトされてやる」
小林へと降参とばかりに両の手を上げて見せた
それが思いもよらない返答だったのか
小林は弾かれたように畑中の方を見やる
「……俺の傍に、居てくれる?」
さも意外だといった表情の小林へ
畑中は改めて肩を揺らすと、その唇へと触れるだけのキスをする
「……そうするしか、ないんだろうな。これも、有る事だし」
そう言って畑中が取って出したのはいつぞやの婚姻届で
何所にあったのかすっかり皺だらけになってしまっているソレを
だが畑中はソレを破り捨てていた
紙面上で交わされた関係など最早関係ないのだから、と
畑中達は互いを見やり、そして穏やかに笑いあったのだった……

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