《MUMEI》 約束の夏休みそうして一年はあっと言う間に過ぎて、僕は高校二年の夏を迎えた。 そろそろ進路のことを、本格的に決めなきゃいけない。 だけど1つ大きな悩みがあった。 教師になる為に行きたい大学が、近くにはなかった。 電車で片道2時間、それだったら家を出た方が良いのではと両親に言われた。 幸いにも父方の実家が大学の側にあったので、下宿しないかと祖父母が誘ってくれた。 下宿するのは良い。祖父母は僕を可愛がってくれるし、大学も家から歩いて10分と理想的な距離だ。 でも…彼の、由月の家からは遠ざかってしまう。 それに教員免許を取る為には、必死に勉強をしなければならない。 あとバイトもしなければ…。いつまでも両親に甘えてはいられない。 結局、その大学に進むしかないのだけど、それは彼と少なくとも4年間は会えないことを意味していた。 「由月…」 由月の写メを見ながら、ため息をついた。 進路のことは、由月にも相談できない。 自分自身で決めなくてはいけないことだ。 それに…由月は僕と会えなくなることを、どう思うだろう? 寂しく、思ってくれるのだろうか? そっと唇に触れる。 あの時触れた彼の唇の感触は、まだ消えずに残っていた。 キス…してくれたということは、少なくとも僕に好意を持っててくれるんだろう。 だけど一年経った今でも? もう好きな女の子でもできて、付き合っているのかもしれない。 遠距離恋愛は難しいって、分かってた。 いや、まだ付き合ってはいないけど…。 片想いでもこんなに辛いんだから、本当に両想いだとしても…僕は耐えられるんだろうか? 大学に4年間、集中しても教師になれる可能性は低い。 でも頑張らなくては、彼の元へ胸を張って行けない。 ひ弱な僕は農業なんて体力的な職業には就けない。 だから教職を選んだ。 勉強は好きなほうだし、教師という職業に興味があったから。 彼の家から学校は近い。 上手くいくなら、僕があの土地の学校へ、教師として赴任する。 そして伯父の家に居候するという形に持っていきたかった。 だがそれを叶える為には、4年間の時間が必要なんだ。 「由月っ…!」 由月の声が聞きたかった。 その姿を見たかった。 そして…触れたい。 彼の体の感触が忘れられない。 触れたくて触れたくてたまらない。 前へ |次へ |
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