《MUMEI》

「……陽炎?」
触れられ、一体どうしたのか様子がおかしい陽炎その姿をよくよく眺め見てみれば
どうしてか普段よりその姿が薄れている様に見えた
訝しむばかりの深沢が指を差し出して見れば
だが陽炎は弱々しく羽根を羽ばたかせ眩しく降る月明かりの方へ
高く高く飛び、月を啄もうとする
「……そっちに、何かあんのか?」
懸命に羽根を動かす陽炎の様に
ソレを引きとめてやるかの様に深沢は手を伸ばす
指先へと停まらせてやれば、その瞬間に
深沢の指に薄く朱い筋が浮かび上がり
同じ色の水滴が下へと落ちる
柔らかな絹布かと見紛うほど柔らかそうなそれが、だが鋭利な刃物の様に鋭く深沢の皮膚を裂いていた
まるで邪魔をするなと言わんばかりのソレに、だが深沢はいたって冷静で
資料に記述されていた一文をそこで思い出す
陽炎は新月に生まれ、満月に眠りに落ちる
ソレは、元となっている幻影とは違い、安定していないその生命維持にある
それ故に月齢を追うごとに陽炎は一時的ではあるが生命力が落ち
それでも何かに毒されてでもいるかの様に満ちた満月の明かりを求めてしまう
月と何の因果が有るというのか
其処まで記されてはいなかったのだが
陽炎がこれ以上傷付いてしまうのは好ましい事ではないと
深沢は陽炎を両の手で包み込んでやっていた
「……もう、気は済んだろ。傍にいてやってくれ」
言い聞かせてやる様な深沢のその声は酷く優しく
ソレを理解したのかしていないのか
陽炎は素知らぬ素振りで、だがその姿を滝川の内へと隠してしまった
陽炎が姿を消し、滝川は穏やかに寝息を立て始める
相変わらずの子供の様な寝顔にどうしてか安堵しながら
深沢はそして徐に空を見上げる
其処には未だ丸い月月明かりが細く、室内へと入り込んでくれば
寝入った筈の滝川の眼が開かれた
身をゆるり起こし、暫くそのまま
呆然とするばかりの滝川へ
どうしたのか顔を覗きこませてやれば
その深沢の頬へ、滝川の手が伸びた
「……幻影」
自身ではないモノを求められ
だが深沢は何を答えて返す事もせず
その手がしたい様にさせてやる
「何が、恐い?」
酷く怯えている様子の陽炎
宥めてやる様に、落着く様にと
深沢はその背をゆるり叩いてやった
月の何がそんなに恐いというのか、何にそんなに怯えているのか
ソレがどうにも解らなかったが
深沢はすぐにその理由に重い至る
仮死状態に陥る満月
今がまさにそれだったからだ
「……不完全。幻影とは違う、出来そこない」
「陽炎?」
「どうして、どうして……」
唐突に動揺し始めてしまい、陽炎はその場に座り込んでしまう
何度もどうしてを呟きながら、そして陽炎が徐に立ち上がった
何処へ行くのか、深沢が問うてみれば
「……月は、嫌い。だから、見えない場所に行く」
端的な言葉で踵を返すと、陽炎は覚束ない足取りでそのまま何処かへと向かおうとする
その腕を深沢は掴み、引き留めてやる
「……邪魔。離して」
深沢に掴まれたままの腕
ソレを振りほどこうとするが深沢はあ一向に話す気配はなく
「邪魔を、しないで!」
とうとう陽炎が痺れを切らしてしまった
その内に頬へと涙が伝い、その場にまた座り込んでしまう
「幻影、私はあなたとは違う。私は、何かが欠けたままの、欠陥品」
俯き、一人言に呟くいた
次の瞬間
薄く開いていた滝川の唇からまるで逃げ出すかの様に
陽炎が姿を現した
見るに弱々しく、それでも羽根動かし飛ぶとする陽炎
だがその姿はどうしてか途中で落ちてしまう
「陽炎!?」
同時に倒れ込んだ滝川の身体を抱きとめながら
落ちて行く陽炎をも手の平に受け止めてやった
一体、どうしてしまったというのか
状況がいま一つ理解できていない深沢はどうすればいいのかを暫く悩み
そして滝川を背負うと帰ってきたばかりの道をまた戻っていく
「あら、深沢。何か忘れもの?」
激しい音を立てながらまた入ってきた深沢へ
中川はあっけに取られたような表情
だが普通でないその様に、中川の表情を険しいソレへと変えていた
「どうしたの?」

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