《MUMEI》

保健室まで一度も会話はなかった。

樹は徐々にアラタが自分の力で歩けなくなっているのが気掛かりであった。
しかし息遣い、鼓動が樹に伝わり今支えている人間が生きていることが単純に嬉しかった。
保健室担当の教師と入れ違いになり、急いでアラタをベッドへ運ぶ。

彼は既に朦朧としいた。
身体を浮かせたときあまりの軽さに驚く、樹の腕に彼の指が柔らかく食い込む、どこかでまだ樹に反発しているのだ。

ゴム手袋に包まれた無機質な指は熱を帯び、体温が上昇していると感じる。
樹は冷やすために棚からタオルを取りにアラタから離れようとした。





しなやかな腕が延び、樹の指を捕らえた。



動作が止まる。


「やだ            なおえ  なおえ」
うわ言のように何度も名前が消えていく。
閉じた目から涙が溢れないことが不思議なくらいだった。


樹はアラタの顔を覗き込む。


固く閉ざされた瞼の片方は白い包帯が巻かれていて、時折震える紅い唇によって奏でられる音は神経を揺さ振る。

白い体躯はさながら硝子細工にも似た脆さを感じさせた。樹が力を入れれば彼に絡んでいる指などいとも容易く壊れてしまうだろう。




不安定で脆弱でそれでいて生に貪欲にしがみついて離れない。
赤ん坊が反射的に差し出された指を掴む、ごく自然な反応。

樹はアラタの指先にそっと触れた。
 なおえ とは誰か
そんな考えが脳裏を横切る。気丈な彼が此処まで追い詰められているのに傍にいられないなんて、名前を呼んでも指を握っても何も掴めないなんて 。

叫びたいはずなのに、泣きたいはずなのに、殺してしまいたいはずなのに、支えて貰えずにいる。




樹にはアヅサが若菜が家族がいる。


    アラタには

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