《MUMEI》

言葉も途中で区切りながら、琴子の唇が相田の耳元へと近く寄る
そして
「……収穫、何もなかったみたいね」
手ぶらで身軽な相田を見、溜息混じりに呟いた
「……ほっとけ」
「……ほっとけない。だから、一緒に、探しに行く」
相田の着物の裾を握り、琴子にしては珍しい自己主張
何かあるのか、はたまた今から何か起きるのか
そんな有り難くない胸騒ぎを相田は覚えてしまう
「……そうだ黒。ちょっと、屈んで?」
「は?」
不意に脚を止めた琴子
何事か首を傾げながらも、言葉通り膝を折ってやる相田
その首筋へ
深く付いてしまった傷口、未だ血を流す其処を
止血してやる様に手ぬぐいが押しつけられていた
「……いくら死不(しなず)でも、痛みはあるでしょ。だからこれで」
見ていて痛々しいのだと琴子
普段あまり感情を表に出す事をしない彼女だが
不意に壊れてしまいそうなほどに脆いそんな儚げさを見せる
相田は溜息に肩を落とすと、その身体を抱え上げてやり
そのまま、何所へともなく歩く事を始めていた
「黒、あっち」
その最中に事が指を差し、相田は言われるがままその方向へ
暫く歩いた処で不意に琴子がその脚を止める
「お嬢、此処は?」
見渡してやれば、そこは何もない空いた場所
だが其処の真ん中にはたった一つ
石の様な何かが建っている事に相田は気付く
「……石」
「いや、そりゃ俺だって見ればわかる」
見たままを返され、相田は苦笑を浮かべる
聞きたいのはソレが一体何を意味するかで
困った様子で髪を掻いて乱す相田へ
琴子は一息つき、改めてその石を指差した
その差す方へ何があるのかと
相田がまじまじ眺め見る事をすれば其処には
ヒトの指、それも小指ばかりが放置してあった
「何だよ、これは」
「……指塚」
余りの異様さに相田が顔を顰めて見せれば
琴子は小さく呟きながら塚へと歩み寄り、その指を掌で一掬いする
「……可哀想な子達。ずっと、ずっと苦しんでた」
労わるかの様に手の平へと乗せてやれば
ソレはまるで蚯蚓の様に蠢いて
琴子の腕を段々と這って登り始めていた
「お嬢!」
徐々に徐々に全身を覆っていく様に
相田はソレを払ってやろうと腰に帯びている刀へと手を伸ばす
「……大丈夫。この子たちは唯怖かっただけ。指斬り様との約束をやぶってしまった事が」
だが琴子はひどく落ち着いたまま
相田を制していた
仕方なく言われるがまま刀を納めると、琴子が微かに笑みを浮かべ
群れる指の一つに、触れるだけの口付けを送る
「助けてあげる、から。だから、待っていて」
柔らかく言い聞かせてやれば
その言葉を理解したかのように指は琴子に群れる事を止めていた
「……行きましょ。黒助」
「何所に?」
「この騒動の元凶の処よ。決まってるでしょ」
相も変わらず感情が余り籠らない声で行き先を告げ、琴子は間の着物の裾を掴む
どうやら無意識らしいその仕草に相田は微かに肩を揺らし
だが何を返してやる事もせず、そのまま歩く事を始めたのだった……

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