《MUMEI》

少しして、部屋の扉が閉められた。
ようやく講演会が始まるらしい。
ユウゴは椅子に深く腰をかけ、顎を引く。
わずかに下を向きながら、壇上から顔を見られないように気をつける。
前の席ではまだケンイチがコクリコクリしていたので椅子の脚を軽く蹴ってみる。
するとケンイチはビクッと身体を震わせて飛び起きた。
寝ぼけているのかキョロキョロと左右を見回し、やがてちらりと後ろを向いた。
ユウゴが目を合わせないようにしていると、彼は小さく息を吐いて前に向き直る。
首をコキコキ鳴らす音が聞こえた。
「お集まりの皆様、お待たせいたしました」
突然スピーカーから声が聞こえ、室内が静まり返る。
どこから話しているのかと声の主を探すと、部屋の隅の方で冴えない中年の男がマイクを持って立っていた。
「ただいまより、国民運動能力向上プロジェクト実行委員会講演会を始めたいと思います。では実川委員、よろしくお願いします」
そっけない男の声を合図に靴音が響いた。
コツコツと背後からゆっくり近づいてくる。
ユウゴは顔を俯かせたまま、視線だけを動かした。
壁際に黒いスーツの男が歩いて来ている。
男はゆっくりと並べられたパイプ椅子の横を通り過ぎると壇上へ上がった。

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