《MUMEI》

 「ねえ、今日もお話聞かせて!」
村はずれにある竹林
鬱蒼と茂り、まるで他との接触を拒んでいるかの様に古い家屋が一棟其処にあった
琴音の庵
その表戸の周りには、どうしてか子供達が群れをなしている
「ねぇ!琴音お姉ちゃん、またお話しして!昨日話してくれた(指斬り様)のお話の続き!」
何やら強請っている様で
それを合図に皆が皆騒ぎ始めれば、庵の戸がゆるり開いて行く
「……皆、いらっしゃい。今日も元気ね」
現れた琴音は穏やかな笑みを浮かべながら
見ればその腕には一匹の狐が抱かれていた
「孤春、こんにちは〜」
群れる子供たちの目的はどうやらその狐らしく
ソレに触れようと次々に子供たちの手が伸びる
「孤春、今日和〜」
群れる子供たちの奥的はどうやらその狐らしい
それに触れようと、次々に手が伸びる
多くのして来る子供たちの手に、だが狐はされるがままで
琴音はその様を微笑ましく眺めながら
「……じゃ、今日は何故指切り様は生まれたのか、そのお話にしましょうか」
子供達を引き連れ、庭に面する縁側へと向かい始めた
途中、どうしたのか琴音は不意に脚を止め
そして態々振り返る事をすると
「……よければあなた達も聞いて行く?」
良いお話だから、と琴音は見るに不愉快な笑みを浮かべて見せる
挑発でしかないソレに、だが琴子は何故か穏やかな笑みを琴音へと返していた
「折角のお誘いだけど、遠慮しておくわ」
「あら、残念ね」
「……行きましょ。黒」
長居したくないという事子の気配を察したのか
相田は頷いてやると、着いたばかりのソコをすぐ後に
帰路を歩きながら、琴子が不意に二、三歩先を歩く相田の着物の袖を引く
「ん?」
その微かな引きに相田は脚を止め
どうしたのか、琴子の方へと向いて直って見れば
琴子は何かを見ているのか、前方ばかりを凝視する
「お嬢、どうかし……」
言の葉を最後まで続ける途中
二人の眼の前へ、唐突に白い影の様な何かが現れた
相田が琴子を庇う様に立ち位置を変え、腰に帯びている獲物を構えれば
だが、それを琴子が制する
「……大丈夫よ。この子は、あの時のお稲荷様」
「あの時?」
「アンタが容赦なく斬って捨てたでしょ。あの子よ」
「……ああ。あの時のか」
頷きながら、だが何となくでしか思い出せないでいる様子の相田へ
琴子は珍しくあからさまな溜息をつきながら
徐にその白い影を相田の目の前へと態々突き付けてやった
「……すっかり毒気が引いてる。これなら大丈夫」
「お嬢?」
「黒、この子、アンタに預けるけど、いいでしょ?」
「は?」
行き成り過ぎる申し出に、相田がつい聞き返す事をすれば
だが琴子は何を返す事もせず唯相田を見据えるばかりで
向けられた表情は、何かを懇願する時の様なソレだった
「……わかった」
向けられる表情に相田は否とはどうしても言えず
厄介だと感じながらも、琴子からソレを譲り受ければ
定まらずにいたその姿が段々とはっきりとした形をなしていった
はっきりと姿を現わせば
その身にはあの時相田が傷つけた刃傷が残っていて
未だ痛むのか、何度も狐の姿を漸く成したそれはそこを舐める
「手荒な事をしてしまってごめんなさい。でも、あなたを救うには、一度殺すしかなかった」
謝ってやりながら琴子の手が傷口へと触れれば
労わる様なソレに狐は狐も安堵したのか
傷口を舐める事を止めると、琴子の手を舐めはじめる
「……私と黒に、従ってくれるのかしら?」ソレはまるで忠誠を誓う口付けの様なソレで
琴子は微かに笑みを浮かべると、その狐を相田の肩の上へ
乗せてやれば、狐は相田の首筋へと軽く歯を立て血を流させる
その血を舐めとれば
それまで朧げでしかなかったその姿が確かなソレへと変わっていく
「私は、琴子。貴方は?」
ふんわりとした全身を顕にする狐へ
琴子はその身体を撫でてやりながら名前を問うてみた
返答などありはしないだろうと
相田がそのやり取りを苦笑交じりに眺めていれば
その狐が微かに鳴く声を上げる
ソレは動物の鳴き声の様なソレでなく、まるで人の言葉の様に耳に聞こえる
「……孤夏、ね。ありがとう。貴方の名前、確かに戴いたわ」

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