《MUMEI》
発端 
がちゃりがちゃりという音に眼が醒めた。 あれは何? 何の音なの? でも、あたりは仄暗く何も見えなかった。夜に包まれているらしい。ここはどこ? 薬品のじくじくと鼻腔に染み込んでくる。ふいに右の方で濁った呻き声が聞こえた。あたいはそっちに視線を向けようとした。このとき、左脚にずんと重ったるい痛みを感じた。得体の知れない苦痛の最中で、今は筋肉が動きそうにないことをしった。ベッドに横たわってるのはさっきからわかってる。でも、あたいはなんでこんなとろに? 胸の内でそう呟いたとき、ぱっと灯りが点いた。網膜にまず映ったのは汚れた漆喰壁だった。扉が軋んだ。首を動かさなくても戸口のほうまで見えた。そこから45、6歳の男の人が二人の若い女の人を連れて入ってきた。男の人は髭が濃く眉も濃く、多分アラブ系だろう。ブラジル北東部に多いレバノン系だと思う。二人の女の人は一人はポルトガル系でもう一人はムラータだった。ムラータというのは白人と黒人の混血のことだ。三人とも白衣を着てたけどそれほど清潔そうじゃなかった。右隣で再び呻き声が聞こえた。それであたいは今どんなところにいるのを知った。ここは病院なんだ。視線をあまりうごかせないから、ここに何人の患者が収められてるのかはわからない。それでも病院の一室であることであることにまちがいない。相変わらずがちゃりがちゃりという音が続いているが、あれは隣の病室で医療器具か何かを動かしてる音だろう。白衣の男の人が近づいできた。            「16時間ばかり眠っていたんだ、きみは」妙な訛りのあるポルトガル語だった。これがアラブ語学訛りのポルトガル語なんだろう。あたしはまだ頭の中がぼうっとしたままだ。「暗いのは嫌いかね? しかし、しようがないよ、灯火管制が敷かれているんだからね」ああ、そうだね、こう言おうとしたけど、声が出なかった。唇が動かなかった。            「もちろん、きみは覚えていないだろうが、4時間おきに麻酔を射った。体力の回復ぬは睡眠が一番だからね。痛みで眼鏡が醒めないように強いやつを射った」医師が笑いながら言った。「ここに運びこまれたときはひどい状態だった。とても保つとはおもえなかったよ。それにしても、一体何があったんだね?」何のこと?と聞きかえそうとしたが、やはり唇は動かなかった。「覚えているかね。君たちはジュスチセイロに襲われたんだよ。生きていたのは君だけだった。だれが目的だったのかは知らんが君ねような子供まで射殺しようとするとは許せん」あたいはもう口を聞くのをやめてた。頬の筋肉まで動かないことまでわかったからよ。「ひどすぎる、色々と非道なジュスチセイロの暴挙略は仕事柄目の当たりににしてきたが一集落の全員を虐殺するとは……許しがたい犯罪だ。しかも奴らのメンバーの多くは現職の警官や軍人だっていうんだから世も末だよ」記憶がもどってきたけど。もう喋る気はなくなってた。「もう心配しなくてもいい。奴らはもういない。警官がてぐすねひいて事情聴取したがっているが、まだまだ連中にここにいれるつもりはない、心配しなくてもいい」              看護婦の一人があたいの胸の毛布を引き剥がした。             医師があたいの左手首を掴み脈を計った。                「君の体がもう少し落ち着いてから手術にかかる。左肢はもう諦めてもらわなければならん。太股の弾丸とかたの弾丸は摘出手術だけでいいが膝の関節は切断しなければならん。女である君には酷なことだが、左肢だけで済むんだ、命を落とすよりはいいだろう」               あたいはこの言葉をほとんど何の感情もなく聞いてた。医師が二人の看護婦を促してベッドから離れた。照明が消され、あたりが再び仄暗くなった。                 がちゃりがちゃりというおがうるさい。                  薬品の臭いもだんだん不快になってきた。                 右隣で濁った呻きが三度洩れた。

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