《MUMEI》

問うてくる中川へ
深沢は何を言うより先に、落ちてしまった陽炎を差し出す
「……何?どうしたの?この子」
深沢の手の上で小刻みな痙攣をおこしている陽炎を見
中川は怪訝なソレを顕にしていた
だがそれに関して深沢も聞きに戻ってきた訳で
互いが互いに、顔を見合す
「兎に角、調べてはみるけど。奏君、大丈夫なの?」
「……俺に聞くな」
深沢の腕に抱かれ、呼吸も荒く眠り込む滝川
その様を中川は暫く眺め見た後
「今すぐ調べるから!まってて!」
慌てる様に奥にあるらしい研究室へと入っていった
その後を、近くあったソファへと滝川を寝かせてやった深沢が追うて
踏み込んでみた其処は見事なまでに本の林だった
「……汚ぇ部屋だな」
「うるさいわね。あんまり騒ぐと崩れるわよ」
「それ気付いてんならさっさと片せよ」
「うっさいわね。無駄口叩いてないでアンタも探しなさいよ」
すっかり機嫌を損ねソッポを向いてしまった中川
深沢は溜息に肩を落とすと、取り合えず探し始める
林立する本たちを深沢はやはり倒してしまいながら
雪崩落ちてくるその本の中に、一冊の本を見つけた
他のものとは若干違った外装に深沢はつい開いてみる
「何よ、それ」
見始めてみると、中川が深沢の背後から顔をのぞかせる
肩に僅かな重みを感じ、だが敢えて何を言ってやる事もせず深沢はソレを開いてみるた
窺い見た中には大量の写真
その全てに陽炎の姿が写っていた
「……何なの、これ」
中川も初めてみたのか、表情は怪訝なソレで
だが興味はあるのか、次々に頁を捲っていけば
どの頁にも写真が大量に張られていて
見ればそれら全てに陽炎と、そして何故か満月が写り込んでいた
「……陽炎と、満月?深沢、これって……!」
「……陽炎が(死ぬ)瞬間か、その後の写真って事か」
「けど、こんなモノ何の為に……」
問うてきた事に、だが答えて返してやろうにも解る筈もなく
深沢は黙ったまま
何か他に記されてはいないか、更に捲って行けば
写真に見える月が段々と欠けていた
ソレに伴い、陽炎の姿も蛹のソレへと変わっている
新月に生まれ、満月に死ぬ
だが今の今まで陽炎には何の変化も見受けられなかった
ソレが何故今更に、と深沢は訝しむ
何がどうなっているかがさっぱり解らず、苛立ちに髪を掻いて乱せば
不意に深沢の目の前へと幻影が姿を現した
深沢の目の前を、何かを訴えるかの様に忙しなく羽ばたき始める
「幻影?」
どうしたのか宥めてやろうと手を伸ばして見れば
だが触れる寸前、幻影は外へ
「ちょっ……待て!おい、幻影!」
行き成り過ぎるソレに、深沢は慌ててその後を追った
街の雑踏に見え隠れする幻影を見失わないように何とか追い掛けて走り
漸く幻影が止まったそこは
既に使われなくなった電波塔だけが建つ、今はゴミ捨て場として使われている場所だった
深沢はいったん立ち止まると、幻影の姿を捜しに視線を巡らせる
その姿を見つけたのは電波塔の頂
呼んでくるはずなど当然ないと理解しているせいか
深沢は溜息をつくと、それをよじ登る事を始めていた
「……此処に、何かあんのか?」
その頂へと辿り着けば、見える街並みを眼下に佇む幻影の姿
そしてその横には
薄く、ヒトの影が見えた
暫く互いが無言で対峙していると
「……人」
その人影は漸く深沢に反応をしめす
互いが互いに眺め合っていた
次の瞬間
「……!」
あからさまに怯えた様子で、その人影は深沢と距離をとる
一体、何に怯えているというのか
解る筈のない深沢が怪訝な表情を向けて見せれば
「……私が、欠けて、しまう。また、不完全になってしまう」
何の事か、深沢には理解出来ないでいる居る事を一人言に呟き始める
古い鉄塔の足場
元々おぼつかずにいた様子の脚元が動揺に益々危うさを増していく
その様子を見かねたらしい深沢
素早く手を伸ばし、その腕をとると自らが立つ広い足場の方へと引き寄せてやる
その身体はひどく軽く
取って掴んだ手はまるで薄絹の様に儚気な感触だ
「は、なして……」
「離してやっても構わんが、何所行く気だ?」
問い質す深沢へ
だが陽炎は何を答えて返す事もせず

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