《MUMEI》

 同月同日 午後七時 
観察者  九重 智一

「お帰りなさい。智一さん」
陽もすっかりくれた午後七時
仕事から漸く帰宅した九重を鈴が出迎えていた
食卓には鈴手製の食事
支度に忙しく動く鈴の傍らでじゃれる子供たちも普段通りで
だが、そこで唯一違うものは
「主殿、先に戴いているぞ」
珍妙な、生き物がいることぐらいだった
気のせいで合ってほしかったとの九重の望みはやはり叶わずに
目の前で箸を使い器用に食べるくさがそこに居た
「……何さも当然の様にモノ食ってんだよ。テメェは」
「奥方、お代りを戴きたい」
九重の異議も軽くかわし、くさは食事を続ける
明らかに怒の感情をあらわにし始める九重へ
丁度何所へ鈴が夕食を持って立っていた
「ご飯出来てます。智一さん。先に着替えてきて下さいな」
「あ?ああ。解った」
鈴に促され、背広を脱ぐと、すぐに着替えが手渡される
ソレを受け取り着替え終わり
九重は漸く身を寛げる
「主殿。まぁ一杯」
ソレを見計らったように、くさが缶ビールとグラスを抱えてきた
「……何か企んでんのか?」
一応はソレを受け取りながら
ビールを注いでくるくさへつい怪訝な表情が面の皮へ浮かぶ
「あ、主殿!それはあまりな言い草!我は何も企んでなど居ないぞ!」
失礼な、と短い手を小刻みにばたつかせ、憤りを顕わに
喧しく騒ぐくさへ
九重は深々溜息をつきながら
「あー。悪かった、悪かった。だからそんな喚くな」
宥める言葉を適当に、注いで貰ったビールを一口
その傍ら、同じくくさも何処から調達してきたのか小さなジョッキでビールを煽る
「やはり一日の締めはこれに限るな!主殿!」
「……どこのおっさんだ、テメェは」
「ささ。主殿もぐいっと!」
つまみもあるから、とのくさに
九重は小さく溜息をつき、またビールを飲み始める
「しかし、家庭というのはやはりいいものだな。主殿」
「は?」
行き成り何を言い出すのか
九重が怪訝な表情をつい向けてしまえば
「……我も星に家族を残して来ていてな。主殿達を見ていると、懐かしくなって……」
何か思い出に浸る様にくさは遠い眼をし始める
ソレからの語りは異常なほどに長かった
家族構成に始まり、様々な思い出を語り始めてしまい
結局九重はソレを最後まで聞かされる羽目になった
「……と、いう訳なのだが――。主殿聞いているか?」
「あー。聞いてる」
長い昔話にすっかり飽きてしまった様子の九重
ソレにも関わらず語る事を続けるくさ
その様を、傍らの鈴は微笑ましく眺め見ていた
「二人とも、仲良しさんですね」
九重へと食事をよそってやりながらの鈴の笑う声に
九重とくさは顔を見回し何とも怪訝な顔
だが鈴の楽しげな表情を見、九重は肩を微かに揺らしていた
「そういうお前は、何か楽しそうだ」
「そう見えますか?」
自覚がないのか問うてくる鈴へ
九重は僅かに笑みを浮かべ頷いて返してやる
理由はどうであれ楽しげにしている彼女を見るのは好きだったから
この不可思議な植物が居る生活もそう悪くはない、と
九重は鈴の頭に手を置いてやりながら肩を揺らした
「智一さん?」
微かに笑う九重へ
鈴はどうしたのかと小首をかしげる
九重は何でもないを一言返すと食事をまた食べ始めた
「じゃ、こいつら連れて風呂入ってくるな」
食べ終えるなり、九重は双子を抱え風呂場へと向かう
「主殿!我も!我も入るぞ!」
「テメェは鍋に湯でも沸かしてそこで茹ってろ!」
「何をいう!そんな事をしたら死んでしまうではないか!」
またしても始まってしまった言い合いに
やはりその様子を見ていたらしい鈴が九重へと徐に何かを手渡してきた
それが何か、伺って見れば
「……鍋?」
小さめの片手鍋
ソレで一体何をしろと言うのか
問う様な表情をつい鈴へと向ける
「まず、お鍋にお湯を張ります」
ソレに答えてくれようというのか
実演付きでの説明が始まった
「そして次にくささんを此処に入れちゃいます」
くさの両脇に手を入れ、その身体を持ち上げると、そのまま鍋の中へ
入れてやり、仕上げにと小さな手ぬぐいの様な布切れを鈴はくさの頭の上へとおいていた
「これで、くささんのお風呂、完成です!」

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