《MUMEI》

 滝川の身体に異変が起きたのは、その翌日の事だった
「奏、メシ」
普段ならば深沢よりも先に沖、台所にて朝食を拵えるのが常の滝川
だがこの日だけはどうしてか起きる気配がなく
どうしたのかと深が寝室へと入って見れば
既に起きてはいたらしく
ベッドの上に呆然と座り込んでいる滝川の姿があった
「……どうかしたか?」
どうにも様子がおかしく、深沢は目の前で何度か手を振ってみせた
反応はなく、滝川は唯々虚ろな視線を返してくるばかりだ
「……?」
一体どうしたのか
身体を揺すってみようと肩に手をかければ
だが、その身体はいとも簡単にまた床へと伏してしまっていた
その様はまるで糸の切れた操り人形の様で
何の反応もなく唯々正面ばかりを見据える滝川の様子に、深沢は違和感を覚え
中川を呼び出すため、電話を掛ける
『アンタが私に電話なんて珍しいわね。どうかしたの?』
電話越しに意外そうな声
そののんびりとした声に深沢は微かに溜息を吐くと事の説明を始めていた
『……奏君の様子がおかしいって、何かあったの?』
「それが解れば電話なんてしてねぇよ」
『原因は、もしかして陽炎?陽炎、そこに居る?』
中川に言われ、深沢はその姿を捜しに視界を巡らせる
だが寝室には見受けられず、今へと向かいまた探してみれば
その窓際に陽炎の姿があった
身動き一つせず其処に唯ずむ陽炎
その様は(居る)と言うよりも(在る)と表現した方がしっくりくるほどの静止画
深沢がゆるり歩み寄って見れば
それまで身じろぎすらしなかった幻影の身が唐突に倒れ込んでいた
「陽炎!?」
掬いあげてやれば、陽炎の身体は小刻みに震え始め
様子がおかしいのは目に明らかだった
『深沢!?どうしたの?陽炎に何かあったの!?』
未だ通話中だった電話越しからの中川の声も
深沢はだが説明してやるにはまだ深沢自身情報が足らず
その歯痒さに髪を手荒く掻いて乱し始めた
解らない事に苛立ち、こんな事で苛立ってしまう自身に更に腹が立つ
『兎に角、すぐそっちに行くから!待ってて!』
慌てた様子で電話は切れ
そして中川が到着したのはソレから30分経ってからだった
「深沢!奏君は!?」
相当に急いで来た様で
随分と息を切らし、肩でばかり呼吸している中川へ
ベッドで眠る滝川を指差してやる
今は穏やかな寝息を立て眠る滝川に
安堵の溜息を吐く中川へと深沢は徐に陽炎を見せていた
「陽炎!?」
「……どういう状態か、解るか?」
「解るかって……。こんなの初めてだもの」
解る筈もない、と眉間に皺をよせ悩む事を始めてしまう
結局、何が解決するわけでもなく、その事に中川は深く溜息をついた
「……ごめん、役に立たなくて」
心底申し訳なさそうな中川
深沢は微かに肩を揺らすと
気にするなと中川の頭へと手を置いてやる
「……騒がして悪かった。あとはこっちで何とかする」
「な、何とかって、どうやって……!?」
そんな事が出来るのか、との中川
だが返答はなく、唯困った風な笑みを浮かべて見せる深沢へ
中川はそれ以上言う事はせず
「……何か、またあったらすぐ連絡するのよ」
それだけを伝えその場を後にした
返事代りに手を数回振って返すと、深沢は滝川の元へ
穏やかに寝息を立てる滝川の傍らへと腰を下ろし
寝ばかりに乱れてしまった前髪を徐に掬いあげてやる
「……情けねぇ」
蝶を身体に戴きもう何十年と生きてきた
生きていたにも、関わらず
未だ解らない事の方が多い事に、腹ばかりが立つ
『……私を殺すのは、アナタ……』
苛立ちに髪を手荒く掻き乱していると
頭の中へ直接響く様な声が鳴った
その声にもなっていない様なソレに、深沢は顔を上げる
だが自宅の中
深沢と滝川の姿以外当然誰の姿もなく
警戒に自然と身構えた、次の瞬間
深沢の目の前に、見覚えがある人影が現れた
「……陽炎、か」
見えてきた姿は昨日、電波塔から飛んで消えた陽炎の人の形
ふわり、深沢の元へと降りてくる
『……あなたはいつも、私の邪魔をする』
「は?」
唐突に投げかけられた言葉
唐突過ぎて意味が解らず、つい聞いて返せば
『……あなたは、邪魔。だから、要らない』
憂う様に呟き、そして陽炎は懐へと手を忍ばせ

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫