《MUMEI》
一億総感染計画@
「入って入って」
「お邪魔します」
 今日は友人にランチをご馳走になる。珍しいこともあるもんだ。『君の物は私の物、私の物は私の物』って考えの人間だから、たかられることはあっても、奢られることなんて今まで一度もなかった。
「大和、実は君に見てもらいたいものがあるんだ」
 大竹がそわそわした様子で、俺の顔を見る。
 はっはー、なるほど。俺になにかを自慢したいらしい。だからわざわざ家まで連れてきたのか。
「なんだい?」
 さして興味もないし、他人の自慢話ほどつまらない物はない。が、これもタダ飯のためだ。
「みんなー、出ておいでー」
 大竹は満足そうにうなずくと、声を張り上げた。すると、壁襖、天井、あらゆる隙間から黒い何かが溢れだしてきた。なんだ?
 その黒い流星群の中の一つが、俺の方へ飛翔してきた。ぶぅーん、と羽音を発てて。
 ぴと。
「ぎゃああああ!」
 それはゴキブリだった。辺りに黒い川が出来ているが、みんなそう、全部ゴキブリ。
 身体についた黒い悪魔がカサカサとはい回る。長い触角が俺の肌をくすぐる。
「何、何だよこれ?」
「今は一万いるの。もっと増やすつもりなんだ」
 俺の焦りなどどこ吹く風、大竹は笑顔でそう言った。
 どういうことだ? こいつは大の昆虫嫌い、ましてやゴキブリなんて視界にいれるだけで卒倒していたはずなのに。
「おじゃましました」
 異様な雰囲気に恐怖を感じた俺は、ゴキを手で払い落とし、玄関に向かって走りだした。
 しかし一メートルも進まないうちに、後ろから襟を掴まれ、止められた。
「なに言ってるの、まだご飯食べてないよ?」
 にこりと大竹は笑った。



 俺は現在、四方をゴキブリに囲まれた状態で正座している。いったいどうしてこのような状況になっているんだ? どうして彼女はこんないびつな空間で平然と生活してるんだ。
 大竹はキッチンでなにやら皿に盛り付けて、そいつを俺の前の小机に置いた。
「お待たせ大和、ゴキブリのソテーだよ。さあ、召し上がれ」
「ひぃ!?」
 そこには焙られたゴキブリの死骸がたんまりと乗っていた。
 こんなもん食べられるか!
 俺は文句を言おうと大竹に視線を向ける。
「ちゅっぷ。ぐしゃ。うん、我ながら美味しく出来たな」
 彼女はとても美味そうにゴキブリを頬張っていた。ゴキブリの触角を掴み、それを大きく開けた口に。
 ぐしゃぐしゃぐしゃ。
やけに長い触角が、トゲのある足が、油ぎった茶色い羽が、なんか生えてる腹が、大竹の口から見え隠れする。
 口の中のゴキをごっくんし、恍惚としている彼女を見て、俺は確信した。
 大竹はおかしくなっている。そしてここにいると遠からず俺もこうなってしまうだろう、と。
「あ、俺用事があったんだ。悪い大竹、俺帰るわ」
 俺は急いで立ち上がり、出口に行こうとした、しかし――
「な……!? 放せっ、放せっー」
 四方に居た大量のゴキブリが一斉に飛び掛かってきて、俺の手足を自由を奪った。情けなく倒れる俺。
「ダメだよ、大和。ご飯を残しちゃあ」
 向かいに居たはずの大竹が、気付いたら俺の前に立っていた。
「せっかくゴキちゃん達が命を捨ててまで私達の糧になってくれたんだから」
 倒れている俺に覆い被さってくる大竹。
 そこで大竹の目は焦点が定まっていないことに気付いた。手に持ったゴキブリ焼きを俺の口に持ってくる。
「正気に戻れ大竹! 止めろ……、止めろー!」



くそ、今日は酷い目にあった。
 大竹の家に飯を食いに行ったはずなのに、俺はなぜか気絶してしまった。そのせいか、頭がガンガンする。
 でも身体に異常はなかったし、大竹の膝枕も体験出来たから、一概に悪いことばかりってわけじゃなかったかな。最終的には腹一杯飯も食えたし。
 ……にしても、いいよな大竹。あんなに沢山のテラ萌えゴキちゃんズと一緒に暮らしてるんだもん。めちゃハーレムじゃん。俺もかわゆいゴキちゃん達に埋もれて生活したいなぁ。
よし、思い立ったが吉日だ。俺もゴキブリを飼おう。大竹が一万匹飼ってたから、俺は一億の大家族にする。この家も明るくなるぞ〜

次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫